太平洋戦争の敗戦から70年ほど経過しましたが、未だに不発弾事故が時折発生します。
最近だと2009年に沖縄県糸満市で不発弾が爆発するという事故がありました。水道工事中の事故であったといいます。
他にも少し事例を挙げますと、1997年12月2日、山梨県富士吉田市の解体業者廃材置き場での爆発事故や、1974年3月2日、沖縄県那覇市にて幼稚園近くの不発弾爆発で幼児を含む4人が死亡した事故(他に34人が重軽傷)などがあります。
1956年の経済白書に「もはや戦後ではない」というフレーズが登場して流行語になった、なんて話を歴史の教科書だかなんだかで見たことがある人も多いと思います。ところが「戦後」は散発的ではありながらも、まだまだ至るところに顔を出してくるのです*1。
閑話休題。本日はそんな不発弾についての話を少々。
*1:一応、注記。「もはや戦後ではない」というフレーズですが、希望に満ち満ちた脳天気な言葉ではありません。今までの戦後復興下での成長の伸びしろは尽きて、これから経済が新たな局面を迎えるに当たり今後の成長には課題がある、ということを指摘したものです。なので、本文の文脈で使うには適当でないかもしれないのですが…まあ、いいか。