Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれを記録していくブログです。情報処理技術者試験の話題多し。高度試験の攻略なども。最近はやや歴史づいてます…。

銃剣と世界の痛み

先日、中学校体育の武道種目に「銃剣道」が追加されたことに触発され、銃剣についての記事を書きました。

oplern.hatenablog.com

今回は、上記記事のおまけというか、ついでの記事です。
なお、タイトルに意味はありません。某エターナルチャンピオンの小説タイトルパクリオマージュです。

 軽機関銃に銃剣

前に書いた通り、旧日本軍では、第二次世界大戦に至っても、銃剣が重要視されていました。
で、あろうことか軽機関銃にも銃剣を付けて小銃兵と一緒に突撃させたりしてます。

歩兵分隊軽機関銃

一応、軽機関銃について簡単に説明しますと、一人で持ち運ぶことの出来る軽量の機関銃のことです。
軽量とはいえ、やはり小銃(ライフル)よりは重く、また大量の弾薬が必要となるため、通常、機関銃手と弾薬手といった複数名での運用がなされました。
歩兵の最小部隊単位は「分隊」という、概ね10名前後で構成される部隊(組織、時代によって異なります)なのですが、軽機関銃はその分隊における主力火器です。
軽機関銃による「制圧(弾丸をばらまいて敵が身動きできないようにする)」を行い、その間に小銃手が前進する、というのが歩兵分隊の基本戦術となります。なお、軽機関銃による制圧のもと、小銃手が前進、有利なポジションを確保できたら、今度は小銃手の援護射撃のもと、軽機関銃手や弾薬手が前進します。
前進して、大体、50メートル以下の距離まで敵陣に近づけたら、ここから突撃となります。一気に距離を詰めて、手榴弾を投げ込み、最終的には白兵戦に移行し決着を付けます。この白兵戦の折に、銃剣が用いられるわけです。ついでにいうと刃をつけたスコップなんかも用いられます。

なぜ軽機関銃に銃剣をつけたのか

さて、上記の通り、銃剣が使用されるのは突撃段階における白兵戦時です。普通に考えると軽機関銃に銃剣なんか付けません。私の知る限り、軽機関銃に銃剣を付けたのは日本軍だけです。

旧来、この点について帝国陸軍の悪しき守旧性の典型であると批判されることが多かったのですが、まあ、一応の理由があったようです。

「改正歩兵操典草案摘講(1938年1月)」によると、「実戦の経験に依れば軽機は名は援護射撃にかりてややもすれば後方に残らんとする傾向」があったから、「分隊全員突撃主義」とし、軽機関銃手も突撃させることにした、とあります。なるほど、だから軽機関銃といえども銃剣を着剣するわけですね。
…いかん、フォローするつもりが二重でダメな感じになった。一応、一概に守旧性によるもの、とは言えないということでひとつ。

なお、帝国陸軍は確かに銃剣突撃を重要視してましたが、その前提として敵機関銃を制圧するための火力(多くの場合、軽機関銃や狙撃兵、擲弾筒*1)も重視していました。機関銃陣地に対して、いつも何の策もなく銃剣突撃をしていたわけでは無いです。
その反面、小銃は軽視してて、「銃剣の柄」みたいな極端な扱いをする場合もありました。これは一般小銃手の射撃の効果は低いと見られていたこと、敵の射撃の誘因となる可能性があることが理由に挙げられるようです。

現地部隊からの手紙に見られる銃剣突撃による戦死

重い話になりますが、戦死について。
旧日本軍においては、兵士が戦死した際、戦死公報によりその家族へ戦死が通知されます。また、それとは別に現地部隊より手紙が出されていました。これらには、戦死者の最後の状況が記されており、遺族はこれにより肉親の死の有り様を知ることとなります。
こういった戦死の状況報告は、軍の規則にもとづいて行われていたようですが、あまり詳細が明らかになっていません。
(1935年の陸軍省制定「陸達第二号」によるもののようです。)

ともあれ、この状況報告においては、多少事実と食い違っても「勇敢に銃剣突撃して戦死した」という描き方が定型化していたようです。

すなわち、戦死時の状況報告の正確さには疑問符がつくわけですが、さらには届けられた遺骨が本当に本人のものであるかについても同様に疑念が多いようです。
日本兵の体験記*2に、場合によっては他の人の骨を貰って送ることがあった、との記述があります。

最後に

前回記事から、銃剣あるいは銃剣に関連することを、あれやこれや書いてみました。
現代人は、こういった事柄について、重く受け止めるべきことがあるはずなのですが…個人的所感ながら、最近の風潮には何やら危機感を感じています。随分と軽々しく捉えるようになったなあ、と。
長い平和の末に、個々人の中で戦争のイメージが「フィクション化/物語化*3」していないか…というのは、心配しすぎでしょうかね。

参考文献

本記事を書くにあたり、以下の書籍を参考にさせて頂きました。

歴史群像アーカイブ Vol.2

米軍が恐れた「卑怯な日本軍」 帝国陸軍戦法マニュアルのすべて

皇軍兵士の日常生活

 

 

*1:ミニ迫撃砲みたいなもの

*2:石居喜三郎「僕は陸軍上等兵」

*3:ファンタジー化と言ったほうが近いかも