Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれを記録していくブログです。情報処理技術者試験の話題多し。高度試験の攻略なども。最近はやや歴史づいてます…。

【戦争と兵器を知ろう】零式艦上戦闘機は大和魂の夢をみない【零戦/ゼロ戦】

前回、前々回とゼロ戦こと零式艦上戦闘機についての記事を書いてきました。

oplern.hatenablog.com

oplern.hatenablog.com

これら記事では、なにやらゼロ戦を持ち上げすぎてしまった感があるので、今回はゼロ戦のネガティブな点について書いておきたいと思います。

ゼロ戦開発秘話

前々回記事で書いた通り、ゼロ戦開発にあたって中島飛行機および三菱重工に海軍が出してきた要求仕様は、かなり無理のあるものでした。
「重武装で高速で大航続力で、旋回性能も高くして」などと、「トレードオフ」という言葉など存在しないかのような要求を突きつけてきた訳で、中島飛行機が辞退するのも無理のないことでした。
(ちなみに、性能要求の緩和を求めたものの蹴られました。)

対して三菱重工は、当時の主力機である九六式艦戦の設計主任を務めた堀越二郎を、再び設計主任に任じ開発に取り掛かります。
なお、計画説明審議会の席上、堀越は海軍担当者に最大速度、航続力、空戦性能の優先順を決めるよう求めましたが、結論には至りませんでした。
こんな「かいぐんのかんがえたさいきょうせんとうき」を実現する責を担わされた堀越さんが気の毒でなりません。

さておき、前々回記事で記述した通り、堀越さんは様々な工夫をもって海軍要求のほとんどを満たすゼロ戦の開発に成功するのですが、この「工夫」においては、少し「堀越さん怒ってないか?」と思わせる点があったりします。

一つは、軽量化のため防御を犠牲にした点。なぜなら海軍から防御についての要求はなかったから。
ゼロ戦は、防御についてほぼ考慮しないことで軽量化に成功したという一面があります。
このため、初期のゼロ戦は装甲板・防弾燃料タンク・防弾ガラス・自動消火装置などはいずれも装備していません。機体強度も低く、そのため急降下性能も貧弱でした。

もう一つは、要求仕様の実現を優先し生産性・整備性を配慮しなかった点。なぜなら海軍から工作法についての要求はなかったから。
その結果、複雑で生産しづらく整備性の低い機体となりました。
(それでも、1万430機も生産されたのですが。)

まあ、そうまでしないと要求仕様を実現できなかったのが実状で、怒るだのなんだのは冗談としても、上記の「工夫」をみてるとゼロ戦を単純に「傑作機」として褒めちぎることは不適切なんじゃないかと思えてきます。

大和魂、空へ

この節は言いがかりに近いので、あまり真面目に受け取らないでください。

日本軍は、なにかというと攻撃精神攻撃精神うるさかったのですが、実際に攻撃精神を発揮した海軍将官はごく僅かというオチがついたりしました。
しかしながら、ゼロ戦は20mm機銃という重武装を備えつつも防御は貧弱という、日本軍の攻撃精神を体現した戦闘機となっています。

で、その攻撃精神の象徴たる20mm機銃について、ゼロ戦では「九九式二十粍機銃」が採用されています。
九九式二十粍機銃の特筆すべきはその重量で、例えば九九式一号銃ではわずか23kgしかありませんでした。
こういっても何が凄いのかピンと来ないかも知れませんが、例えばアメリカの12.7mm機銃M2は38kgで、九九式一号銃より口径は小さいのに重量は重いのです。

さて、上記を見て「さすが日本の技術力だ、なんともないぜ!」とか思われた方がいたら申し訳ないのですが、この九九式二十粍機銃、実はスイス・エリコン社の20mm機関砲(エリコンFF)をライセンス生産したものです。一応、日本独自に改良が施されていってはいますが、日本独自の技術で軽量化したなんて話では無いわけです。

まあ、エリコンFFは日本だけでなくドイツやアメリカなど各国で採用されていますし、他国の兵器をライセンス生産して利用するなんてのはよくあることです。これが日本開発で無かろうがなんの否定要素にもなりませんのでご安心を。
とかいいつつ、いらない余談。その昔、某都知事とか一部のアレな人が「米ステルス戦闘機は日本の技術でできてる塗料とか日本製」などとわけのわからないことをのたまっておりましたが、百歩も千歩も譲りまくって仮にそれが事実だとした場合、じゃあ「ゼロ戦はスイスの技術でできてる20mm機銃とかスイス製」といっても良いわけだなあ、などと思いました。どうでもいいか。

ちなみに、ゼロ戦はその他部品でも海外の技術が多数使われています。光像式照準機は独ユンカースHe112のRevi 2bのコピー、プロペラは米ハミルトン社から住友が製造権を購入して作成、機首に装備した7.7mm機銃は英ヴィッカースなどなど…。

ぼくはエースパイロット

たまに、熟練パイロットが乗ったゼロ戦は太平洋戦争後半でも十分に戦えた、なんてことを言う人がいます。
まあ、それは事実かもしれませんが、言葉を変えると熟練パイロットが乗ってようやく互角に戦えたというだけの話です。
もっというと、その熟練パイロットがどんどん戦死していったことも日本軍の問題の一つだったはずなのですが。

前回も触れましたが、アメリカは平均的パイロットでも十分に戦える機体/戦術をもって第二次大戦を戦っています。さらに、パイロット育成においても短期間で戦力化していました。
社会人の方なら、同じ仕事・同じ生産性の職場でも、新人の戦力化まで何年もかかるような職場と、新人が短期間で戦力となる職場のどちらが優れているか、考えるまでもないと思います*1

ここで、またしても要らない余談。兵器において扱いやすさや整備性は非常に重要です。
戦争は、システム・戦略・作戦・戦術などトータルで目的達成を目指すものであり、個々のエースパイロットに依存して勝つものではありません。
マンガやアニメなんかのフィクションでは「扱いにくいが高性能なロボット・戦闘機・その他もろもろ」なんてのを主人公や赤いライバルが特別な能力でもって乗りこなしたりする話がよく出てきますが、そういったものは現実の兵器としてはろくでもない代物なのです。
(もちろん、フィクションとしてはそういう「特別」感をあおって高揚させるのも良いかと思います。ただ、最近はそういったノリを現実の軍事に持ち込んじゃう人もちらほら見られたり。本人たちに自覚は無いようですが。自衛隊強えとか米軍強えとか、なんかそういった書籍も多いですね。あと、なぜか日本人が米軍の強さを誇らしげに言ったりする謎現象もあったりします。)

 

 

*1:なぜか太平洋戦争の話になると、常識が通じない人が出てくるんですけどね…。