Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれや情報処理技術者試験の攻略を記録していくITブログ…というのも昔の話。今や歴史メインでたまに軍事。別に詳しくないので過大な期待は禁物。

【戦争を知ろう】大日本帝国海軍の組織【海軍省/軍令部/鎮守府】

前回、連合艦隊についての記事を書きました。

oplern.hatenablog.com

連合艦隊とはなんぞや?という疑問について簡単ながら説明した記事です。そんな疑問をどのくらいの人が抱くのかはわかりませんが。
(疑問を持つ人は好奇心が強いタイプなのかも。)
で、今回記事はそのついでというか、せっかくなので大日本帝国海軍の組織構成について書いておきます。
あまり細かいことには立ち入らず、海軍省や軍令部といった海軍の大まかな構成について。
なお、一口に「日本海軍」といっても、その歴史はそこそこ長く時期によって組織構成も変わってくるわけですが、本記事ではおおむね太平洋戦争期の日本海軍となっております。

海軍の4つの組織

さて、日本海軍には大きく4つの組織がありました。
海軍省、軍令部、鎮守府(ちんじゅふ)、そして前回取り上げた連合艦隊です。

海軍省、軍令部は海軍中枢と言える機関であり、概ね海軍省が軍政を、軍令部が軍令を管掌します。
(補足:軍政とは軍事行政、すなわち軍事組織の運営における行政活動を指し、軍令とは軍事力の使用(作戦行動など)についての指揮・統帥を指します。実際のところ、はっきりくっきり明確に分けることは難しいのですが…。)
ちなみに、海軍省と軍令部を合わせて「省部」と呼ぶことがあります。

鎮守府は、海軍の地方官庁*1として最も大きな組織で、横須賀、呉、佐世保舞鶴の4つがありました。とりあえず基地に相当するものだと考えてもらえればよいかと思います。

連合艦隊については前回取り上げまたので詳細については言及しませんが、日本海軍最大の主力戦闘部隊ですね。

なお、海軍省・軍令部・鎮守府は、連合艦隊を戦闘・警備で機能させるために必要な後方組織であるという考え方もできます。
では、次節より海軍省・軍令部・鎮守府についての概要を。

海軍省とは

海軍省は軍備や海軍行政一般、教育などを司ります。予算や兵力量の策定、艦船部隊の編制なども海軍省の管轄です。
海軍省は軍政機関であるため、連合艦隊など実戦部隊の作戦指揮や兵力の運用といった「軍令」への関与は許されていません。

海軍省は内閣の一省であり、そのトップは海軍大臣となります。海軍大臣は現役の海軍大将または中将が天皇から任命されました。
(「現役」の大将/中将でないといけない、という話には色々な経緯があるのですが、これはまたの機会ということで。)
なお、ナンバー2は海軍次官となりこちらは中将となります。ただし、次官には「海軍政務次官」というものもあり、こちらは民間人が就任しました。

海軍省には軍務、兵備、人事、教育、軍需、医務、経理、法務などの「局」が置かれました。
なかでも軍務局は軍政の要であり、軍務局長はエリートコースを歩んできた少将が充てられます。ヤな感じですね。

軍令部とは

軍令部は作戦や部隊編成*2、演習、情報収集と分析などを担当します。
日本海軍の大局的な作戦指揮を統括し、海軍全体の作戦目標を立案するのが軍令部でした。

トップは軍令部総長で、こちらも海軍大将または中将が天皇から任命されます。
以前は軍令部長という名称だったのですが、満州事変後に軍令部総長と改称されました。
なお、「軍令部長」時代は、海軍大臣軍令部長の更迭を申請する権利をもっていたのですが、「軍令部総長」となってからは更迭申請に軍令部総長自身の同意が必要という、謎の仕組みとなります*3

ちなみに、軍令部総長に就任するには、連合艦隊司令長官鎮守府司令長官よりも先任(昇進年月が早い)であることが条件でした。
というのも、軍令部総長は艦隊司令長官などの実戦部隊の長に、直接命令を下すことはできず、あくまでも最高指揮官たる天皇の命令を伝える機関とされていたためです。
「命令」の中身は軍令部でこしらえており、実質上は軍令部総長からの命令となるわけで、形式上は同格であった各司令長官よりも「下」だと都合が悪かったのです。
(なお、天皇から下達される命令(奉勅命令)は大筋だけのもので、「細項ニ関シテハ軍令部総長ヲシテ指示セシム」とされていました。)

軍令部には、第一部、第二部、第三部、第四部が置かれました。各部門のトップは部長で、少将が充てられています。

第一部は作戦計画や用兵の立案、部隊編成や演習計画などを司り、最重要部門と認識されていました。通称「作戦部」。
第二部は軍備計画や臨戦準備計画の策定、戦時兵力の増加推進などを管掌。
第三部は情報収集と分析を担当し、部長は情報部長とも呼ばれました。
第四部は通信や暗号を統括し、通信計画策定、暗号書の作成などを担当しています。
なお、別に特務班という部門があり、こちらは敵暗号の解読などを主務としています。

鎮守府とは

海軍は、行政上の必要から日本の陸上・海上を区分し、第一〜第四海軍区としていました。
各海軍区には1か所ずつ軍港を置き、そこに海軍区の行政および戦闘部隊を統括する鎮守府を開設しました。すなわち、鎮守府は4つ存在するわけです。
鎮守府は所在地の名称をとって、第一海軍区が横須賀、第二海軍区が呉、第三海軍区が佐世保、第四海軍区は舞鶴鎮守府と呼ばれます。

全ての艦船はいずれかの鎮守府に属しており、各軍港は所属する艦隊に対しての兵員、兵器、食料等の補給基地ともなっています。
さらに、鎮守府は軍港を根城に、管轄海軍区の防御・警備にもあたり、そのための艦船部隊も保有していました。連合艦隊が日本領海を離れて戦闘する役割を担い「外戦部隊」と呼ばれたのに対し、鎮守府保有の戦闘部隊は「内戦部隊」と呼ばれています。現代日本の海上保安庁の役割も鎮守府が担っていたわけです。

鎮守府トップは鎮守府司令長官となりますが、これには大将または中将が配されました。
ちなみに、慣習的には横須賀鎮守府司令長官のポストが最も権威が高いとされ、連合艦隊司令長や海軍大臣への出世コースの一つとされていたそうです。

 

 

*1:官庁は、当時の言葉では官衙(かんが)と言いました。

*2:海軍省の「艦船部隊の編制」と何が違うか気になる方もいるかもしれませんが、海軍省は「編制」、軍令部は「編成」となります。両者の違いについてはこちらの記事をご参照ください。

*3:陸軍大臣参謀総長の関係と一緒。