Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれや情報処理技術者試験の攻略を記録していくITブログ…というのも昔の話。今や歴史メインでたまに軍事。別に詳しくないので過大な期待は禁物。

【大日本帝国の国土】戦前日本の標準時

前回、戦前日本の領土や委任統治領など、太平洋戦争以前の日本の統治領域について書きました。

oplern.hatenablog.com

今回記事はその補足。戦前日本における標準時について。補足記事につき、短めの記事となっております。

現在の日本標準時

現在の日本では、協定世界時UTC) を基準に9時間進めた時刻が日本標準時JST)として用いられています。
プラス9時間というのは東経135度分の時差に相当(UTC+9)します。UTCの前身である「グリニッジ平均時(GMT)」にて知られる、グリニッジ天文台グリニッジ子午線が経度0度となりますが、ここから東経135度地点では9時間進んでいるということになりますので、経度15度の違いで1時間の時差が発生するわけですね。

さて、今の日本では北海道から沖縄まで、全国一律の標準時となっていますが、前回触れたとおり、戦前の日本、大日本帝国では統治領域が今よりも広かったため、一つの標準時でまかなうのは適切といえず、複数の標準時を設定していました。

戦前の日本標準時

前回も触れたとおり、日本は1895年に日清戦争の勝利により台湾を獲得します。この台湾領有後、日本標準時は中央および西部の二本立てとなりました。
明治28年勅令第一六七号標準時ニ関スル件)
中央標準時は、今と同じく東経135度、西部標準時は東経120度となっており、その差は1時間差となっております。
これは、現在の日本-台湾間の時差と同じですね。
この西部標準時は、台湾、澎湖島、沖縄県八重山宮古群島に適用されました。
ところが、昭和12年に至ると西部標準時は廃止され、以降、上記地域も中央標準時に統合されることになります。現地の人からすると、突如、生活リズムが一時間ずれこむこととなったわけですね。勝手だなあ。
昭和12年勅令第五二九号)

ちなみに、朝鮮については明治45年から中央標準時を適用しています。
明治44年朝鮮総督府令第一四四号)

南洋群島の標準時

さて、第一次世界大戦後、日本はドイツから南洋群島統治権を奪いますが、この南洋群島は広大な海域に島々が点在してますので、当然ながら日本標準時ではカバーできません。
そこで、3つの南洋群島標準時が新たに設けられることとなりました。
具体的には以下の通り。

南洋群島東部標準時:東経165度(ヤルート島・ポナペ島)
南洋群島中部標準時:東経150度(トラック島・サイパン島
南洋群島西部標準時:東経135度(ヤップ島・パラオ島

主な参考資料

本記事を書くにあたり、以下の書籍を主な参考資料にさせて頂きました。

事典 昭和戦前期の日本―制度と実態