Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれや情報処理技術者試験の攻略を記録していくITブログ…というのも昔の話。今や歴史メインでたまに軍事。別に詳しくないので過大な期待は禁物。

水滸伝の微妙な立ち位置

前回記事で、コマンド一発で動画からGIFアニメに変換する記事を書きましたが、それにかこつけて、私の好きな映画である「水滸伝男たちの挽歌」の一シーンをサンプルとしてアップしています。

この映画は、タイトル通り水滸伝を原作としており、林冲魯智深の出会いから、林冲が罠にはめられて流刑、暗殺されそうになるところまでが描かれています。
などと説明しましたが、日本においては、どのくらいの割合の人が水滸伝のあらすじを知っているか、微妙なところです。

 今回は、そんな日本における水滸伝の微妙感についてつらつらと。

中国三大奇書

中国三大奇書というのをご存知でしょうか。「奇書」というのは、「優れた書物」くらいの意味で、要は中国の名著三選といったところです。
(なお、この「三大奇書」、あまり出自が明確でなくて、どうも、日本でしか通用しないようです。中国では、四大奇書というのがメジャーな模様。気になる方は調べて下さい。)
水滸伝はこの三大奇書の一つで、普通に考えればそこそこメジャーなはずです。
しかし、残る二つの奇書は三国志演義西遊記であり、これらの知名度と比べると、かなり見劣りがします。
多くの人が物語の筋を知っているであろう、三国志演義西遊記に対して、水滸伝は概要すら知らない人も多いのではないでしょうか。

水滸伝の概要

ここらで、水滸伝の概要を。

水滸伝は中国、明代に書かれたと思しき小説で、作者は施耐庵だか羅貫中だかと言われています。
(要するに作者不詳。候補二人が、ともに三国志演義の編者候補でもあるのが、興味深いです。)

ストーリー

中国 北宋末期に、色んな事情で世間にいられなくなった好漢豪傑たち108人*1が、梁山泊という沼沢地に結集(というと聞こえがいいが、山賊として集団を形成)し、色んなエピソードを交えつつ、最終的には国を救うことを目指す、という物語です。

面倒なことに、いくつか異なるバージョンに分かれてまして、108人結集までを描く七十回本、方臘の乱を鎮圧して国を救った後、梁山泊が壊滅していく様まで描く百回本、方臘の乱鎮圧の前に、田虎、王慶反乱軍の討伐が入る百二十回本があります。
原本は百回本で、他は派生バージョンです。

なお、中国では七十回本の派生である七十一回本などもあって、もはや何が何だかわからない状態となっております。

微妙感

さて、そんな水滸伝ですが、前述のとおり、日本ではいまいちマイナーです。
水滸伝というタイトルはよく知られていますし、好漢たちの根拠地、梁山泊の名も有名です。しかし、いざ水滸伝の内容となると、知ってる人はかなり少ない。
むしろ、タイトルだけ借用した作品の方が良く知られているくらいじゃないでしょうか。

仮にも中国三大奇書として(日本で適当に選定されたっぽいとはいえ)三国志演義西遊記と肩を並べているにも関わらず、この人気の無さはいかなることか。

別に私は研究者でもなんでもないのですが、以下がその理由ではないかと考えています。

コンテンツの不在

三国志演義と違って、メジャーなコンテンツが無い、というのが一因。
上記、ちょっとわかりにくいかもしれませんが、例えば三国志演義西遊記水滸伝を「題材」、「プラットフォーム」として捉えた場合、それを基に具体的な作品に仕上げたものをコンテンツと仮に呼ぶこととします。

例えば、三国志演義では、吉川英治氏の小説「三国志」、NHK人形劇三国志、あるいは横山光輝氏の漫画「三国志」が代表的コンテンツです。三国志演義は、これらを嚆矢に幅広く普及していき、新たな解釈の小説や漫画、さらにはPCゲームなどに展開していきました。

これに対して、水滸伝は今一つメジャーなコンテンツがありません。
代表的コンテンツとしては、駒田信二氏訳の水滸伝吉川英治氏の小説「新・水滸伝」、横山光輝氏の漫画「水滸伝」があるのですが、残念なことに、三国志ほどの人気は獲得できず知名度が今一つです。
今一つ人気を獲得できなかった理由は、あくまでも原典の翻訳なのでハードルが高いとか、作者死去により完結に至らなかったとか、掲載誌の都合上かなり省略しているとか色々です。

メジャーコンテンツがない、ということは水滸伝を題材とした新たな作品もなかなか出てきません。一応ゲームやら漫画やらで多少はあるのですが、やはり三国志演義とくらべてその数は少ないです。
光栄(現 コーエーテクモゲームス)のゲームも、三国志関係はあれだけ出ているのに、水滸伝は1988年初出の「水滸伝・天命の誓い」くらいですしね。

なお、西遊記なんかだと、子供向けのコンテンツが多数出版されている他、テレビドラマや映画が多数、西遊記を元ネタにした漫画も大量にあり、代表的なものは無くても幅広く展開され続けています。
悟空道とか(ニッチすぎる)

えぐい、なまなましい、せせこましい、ちいさい

さて、前節でメジャーコンテンツが無いことを理由に挙げました。その際、なぜ今一つ人気が獲得できなかったかについて、簡単に述べましたが、実は、それらコンテンツごとの細かな理由は、根本原因では無いと考えています。

根本原因は、各コンテンツではなくて、プラットフォームたる水滸伝に内在しています。
大雑把に言うと、話がえぐいなまなましい、登場人物がせせこましいちいさい、というのが主原因じゃないかと。
以下、簡単ながら説明を。

えぐい、なまなましい

水滸伝は、物語全体のうち半分以上を、108人の好漢たちがどんな事情・いきさつで梁山泊に結集するかが占めています。
この事情・いきさつは多種多様ですが、よくあるパターンとして、殺人や強盗等の罪を犯して身を持ち崩し、流れ流れて梁山泊に加入する、というものがあります。
(ちなみに、犯した罪は、そもそも冤罪であるものや、親類や仲間を助けようとしたといった、同情できるものも多いのですが、中には自業自得のものも含まれます。序盤の超重要人物である晁蓋とその一派なんかがその典型で、彼らは財宝強奪が露顕して逃亡することになります。)

水滸伝では、この罪を犯すいきさつがやたら生々しく描かれている上に、好漢たちも決して清廉な人物ではなく、かなり俗物っぽいところがあるので、話がエグくなりがちです。

義憤にかられてやりすぎた魯智深や、ならず者に絡まれてかっとなって殺人を犯す楊志なんかは、まださっぱり風味(?)なのですが、後の梁山泊総大将となる宋江は、妾に脅迫され、逆上して殺害・逃亡しますし、武松なんかは兄の敵討ちのためとはいえ、凄惨な計画殺人を犯したりと、まるでどこぞのサスペンス劇場のような話が延々続き、生々しい、エグイ、クドイと三拍子完備です。

三国志演義西遊記とも子供時代に触れたコンテンツが、人気・知名度に大きな影響を与えていますが、上記の通り、水滸伝は子供が楽しめない話が極めて多いのです。
というか、エグさや生々しさが失われると途端に無味乾燥な、いまいちつまらない物語になってしまうという弱点があります。
ワイドショー的古典小説とでもいうべきでしょうか。

他にもやたら人肉食の話がでたり、仲間を勧誘するために子供を殺したりと、なんとも受入れがたいエグイ話が出てきます。
ワイドショー的というよりは、昭和初期のエログロナンセンス文化的小説かも。

せせこましい、ちいさい

先に書きましたが、108人の好漢たちは決して清廉な人物ではありません。
賄賂を要求したり、女好きだったり、目的のためには手段を選ばなかったり。
李逵(鉄牛)という人物に至っては、大した理由もなく人を殺します(しかも老若男女の区別なく)。
で、こういった連中なので、どうしてもスケール感に欠けるというか、三国志演義と違って「英雄」感はありません。

水滸伝は、こういった、ぶっ飛んでるけどせせこましい人物達(ごろつきと言った方がいい人物多数)が、なんやかんやエグく生々しく集まって、そのうち総大将が忠義とかわけわかんねえ事言い出したせいで、成り行きで官軍になり、成り行きで反乱軍を討伐し、成り行きで雲散霧消する、というイマイチ壮大感に欠ける話なのです。
うん、これじゃメジャーになれない。

コンテンツ

ネガティブなことを書きましたが、これはこれで、いい年になって読んでみると、なかなか面白いものです。
(昔の中国での)大衆受けを狙ったらしいショッキングな話が多いせいで、子供人気は得られないでしょうから、三国志演義西遊記といった、大人も子供も楽しめるようなものと同列に扱うことが、そもそも問題なのかもしれません。
金瓶梅なら同列扱いで良さそうですが、これ、水滸伝のスピンオフなので当たり前ですね。

というわけで、フォローも入れたことだし(入ってねえ)、以下、水滸伝関連の書籍など。

駒田信二氏訳の水滸伝

原典の完訳です。日本における水滸伝の基本、と言えるでしょうか。

吉川英治氏の小説「新・水滸伝

吉川英治アレンジ版水滸伝。残念ながら未完結。水滸伝のキモというべき108人結集までは描かれてますので、後はイラねという人も。

水滸伝の世界

水滸伝をより楽しむための案内書。宋江とか盧俊義がパッとしない奴なのは何故かとか、豪傑たちのアダ名の意味とか、水滸伝の成立経緯とかについて、軽快な筆致で書いてます。

横山光輝氏の漫画「水滸伝

ややあっさり風味の横光水滸伝。エグみが少ないので、入り口には良いかも。

月の蛇 水滸伝異聞

最後は梁山泊を悪党としたアレンジ水滸伝マンガ。悪人化した108人に全く違和感が無い…。

 

 

*1:天界を追放された百八の魔星の化身とされており、百八星と称しますが、わかりにくいので108人とします。