Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれや情報処理技術者試験の攻略を記録していくITブログ…というのも昔の話。今や歴史メインでたまに軍事。別に詳しくないので過大な期待は禁物。

【戦争を知ろう】歩兵の部隊単位その2【大隊・連隊】

前回記事の続きです。

一応、前書き。
当ブログでは最近、歴史…というか太平洋戦争の記事が増えてきました。当記事はそれらの補足として、中隊だの師団だのといった軍隊の部隊単位について解説するものです。
前回は、分隊、小隊、中隊について取り上げました。

oplern.hatenablog.com

今回はその上位部隊となる、大隊、連隊(聯隊)について。

ちなみに、小さな単位から大きな単位まで部隊を順に並べると、下記のような感じになります。
(今回取り扱う部隊は赤字にしておきました。)

分隊 < 小隊 < 中隊 < 大隊 < 連隊 < 旅団 < 師団 < 軍団 < 軍 < 軍集団とか方面軍 < 総軍 

ただし組織や時期によって違いがあり、必ずしも上記のような構成となるわけではありません。

注意書き

当記事で述べる部隊単位や編制などは、あくまでも代表的な例であり、国や時期、組織によって異なります。細かな相違に留まらず、大きく異なるケースもありますのでご注意ください。
記事中、部隊の定数や指揮官なども書いてますが、これも代表例であり、例外はいくらでもあることをご承知おきください。

大隊(英:battalion)

歩兵大隊の編制定数は、だいたい700〜900名です。
前回取り上げた小隊や中隊クラスでは、分隊3〜4個で小隊とか、小隊3〜4個で中隊というように部隊編制がわかりやすいのですが、大隊以上になると複雑化してわかりにくくなってきます。
一般的な編制、というものを無理に挙げるよりは、具体例を用いた方がわかりやすいと思うので、以下、いくつかの国の編制例を挙げていきます。

まずは第二次大戦時のアメリカ・ドイツ・ソ連。この三国の歩兵大隊は似通った編制となっています。
大隊本部または本部中隊、主力となる小銃中隊3個、中迫撃砲*1重機関銃などの支援火器を保有する重火器中隊1個(ソ連は機関銃中隊・迫撃砲中隊各1個)という編制を基本としていました。

次にイギリス軍。こちらは本部中隊、小銃中隊4個、支援火器を装備する支援中隊1個という編制となっていました。

最後に日本軍です。平時は小銃中隊3個、戦時は小銃中隊4個を基幹としていましたが、後に平時戦時とも小銃中隊3個となりました。これに加えて大隊本部、機関銃中隊1個、大隊砲小隊1個というのが、大隊の編制です。
ちなみに大隊砲小隊では大隊砲2門を装備していました。大隊砲というのは小型の大砲のことですが、ぶっちゃけると九二式歩兵砲のことです。口径70mm、砲身長79cmの火砲で、平射、曲射のいずれも可能でしたが、平射の効力が弱かったため、もっぱら曲射で使用されました。

なお、大隊の指揮官は、一般的に中佐または少佐が任命され、大隊本部には大隊長を補佐する副大隊長、総務幕僚、情報幕僚など数名の士官が配属されました。

連隊(聯隊)(英:regiment)

次は大隊のひとつ上の単位、歩兵連隊です。
連隊の編制定数は最大で4000名程度です。単一の兵科、つまり歩兵科のみで構成される部隊としては、もっとも規模が大きい部隊単位となります。
前節で、大隊以上になると部隊編成が複雑化してわかりにくくなると書きましたが、連隊も同様で一般例を上げにくいです。なので、大隊と同様に、具体例として第二次大戦時の各国編制をいくつか挙げます。

ドイツやアメリカ、日本の歩兵連隊は、歩兵大隊3個を基幹とし、それに対戦車砲中隊および歩兵砲中隊が加わる編制でした。ドイツとアメリカの人員数は約3200名、日本は約3800名となっております。
(なお、対戦車砲中隊は日本軍では「速射砲中隊」、歩兵砲中隊はアメリカでは「火砲中隊」となります。)
ちなみに、「歩兵砲」というのは、歩兵部隊に配備され歩兵指揮官の命令により運用される、軽量の火砲を指します。
アメリカ軍の歩兵砲には105ミリ榴弾砲が割り当てられ、火砲中隊に6門を配備していました。日本軍では、砲兵部隊の「おさがり」である四一式山砲*2が4門配備されました。

次はソ連軍。ソ連では、歩兵大隊3個を基幹として、対戦車砲中隊、歩兵砲中隊、重迫撃砲中隊、対戦車銃中隊、短機関銃中隊を加えた編制となっていました。人員数は約2700名です。
ソ連は、製造が容易な割に火力の大きい迫撃砲を重視する傾向があり、連隊指揮下の重迫撃砲中隊には120mm迫撃砲8門を配備していました。

最後にイギリス軍なのですが、こちらは困ったことに連隊が存在せず、歩兵大隊の上は旅団となっていました。旅団については次回取り上げるつもりですが、おおざっぱに言うと連隊二つで旅団となります。しかし、イギリスの旅団は歩兵大隊3個で構成されており実質的には連隊規模でした。人員は約2400名です。
(注意書きの「国や組織、時期によって異なる」の典型的な例です。)
なお、イギリス軍旅団の編制には、支援火器を装備する支援中隊も加わりますが、その装備は3インチ迫撃砲6門という、他国と比較すると控えめなものでした。
これは、イギリス軍が大口径の火砲について、砲兵部隊で集中運用するべきであると考えていたためです。
(支援中隊には対戦車砲も配備されており、こちらは6ポンド対戦車砲6門で、それなりに充実してます。)

あと、各国編制についての補足を。連隊直轄の通信小隊や伝令小隊、工兵小隊などが配備されることがあり、これらの部隊は大抵の場合、本部中隊にまとめられます。

さて、連隊の指揮官(連隊長)には、一般的に大佐が任命されます。連隊本部には連隊長を補佐する幕僚や事務管理を担当する下士官が多数所属していました。
連隊に所属する将校は同じ将校団に所属し、家族的な団結心で結ばれていました(ということになっています)。将校にとっての連隊は、歩兵にとっての中隊に相当する編制単位であり、兵士にとっての「ホーム」が中隊なら、将校にとっての「ホーム」は連隊なのです。
連隊は、単なる編制上の組織に留まらず、多くの国で「部隊の伝統」を継承する単位となっています。部隊単位の中でも、特別な精神的位置にあるわけです。由来のある連隊名があったり、由緒ある連隊旗が受け継がれていたり。
例えば、旧日本陸軍では、聯隊旗が天皇から下賜され、これが聯隊すべての将校下士官兵の団結のよりどころであり神聖なものとされていました。ちなみに部隊の「玉砕」時には聯隊旗を焼却して、その後に指揮官が自決する、といったことが多く見られました。
ついでの蛇足。歴史群像のNo.143(2017年6月号)に、日本陸軍歩兵連隊総覧なんて記事があり、各地域の聯隊リストが載ってましたので、興味がある方はどうぞ。

主な参考資料

本記事を書くにあたり、以下の書籍を主な参考資料にさせて頂きました。

歴史群像アーカイブ volume 2―Filing book ミリタリー基礎講座戦術入門

図解・日本陸軍歩兵

 

 

*1:口径8cmクラス

*2:「山砲」とは山地での輸送を考慮した分解可能な軽量野砲。四一式山砲は口径75mm、砲身長130cm、最大射程は6300m。6個のパーツに分解して運ぶことが可能でした。なお「軽量」といっても540kgほどもあります。馬による輸送ができない場合は人力で輸送しましたが、かなりキツそうですね。