Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれや情報処理技術者試験の攻略を記録していくITブログ…というのも昔の話。今や歴史メインでたまに軍事。別に詳しくないので過大な期待は禁物。

【戦争と兵器を知ろう】日本軍戦闘機のカッコつけすぎた名前 ベスト5

ここ最近、延々と航空機(というか軍用機)の記事ばかり書いています。
とはいえ、さすがにそろそろ飽きてきたので別の話題に移ろうかと思うのですが、最後に一つ、ちょっとネタ記事でも。

今回は大日本帝国陸海軍の戦闘機から、名前のカッコイイものベスト5をランキング形式で紹介してみます。
(名前だけでなく、一応は機体の簡単な解説もつけてます。)

なお「カッコよさ」の評価は完全に私の主観によるものなのですが、さらに正確にいうと「カッコよさ」というよりは私が「カッコつけすぎてイタい」と思った順ランキングとなっております。
各関係者および各戦闘機ファンの方、ごめんなさい。あまり真面目に受け取らないでください。

なお、旧日本軍の命名規則についてはこちらをご覧ください。
【戦争と兵器を知ろう】日本軍航空機の名前【太平洋戦争】 - Man On a Mission

あと、各戦闘機名の横にキ61とかA6M5とか書いてありますが、こいつは略号符です。これに関してはこちらの記事を。
【戦争と兵器を知ろう】日本軍航空機の記号(略号符)【太平洋戦争】 - Man On a Mission

それでは、ランキング下位より紹介していきます。

第5位:陸軍 三式戦闘機「飛燕」(川崎キ61)

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まずは帝国陸軍の「飛燕(ひえん)」です。「カッコよさげな名前」としては割とポピュラーで、男塾の人とか後漢時代の人とかにも採用(?)されています。
まあ、戦闘機っぽいっちゃ戦闘機っぽいんですが、あまりひねりが無くて面白みには欠けますね。

さておき、三式戦闘機「飛燕」は、中島飛行機と並ぶ陸軍機主力メーカーであった川崎航空機の手になる陸軍戦闘機です。
土井武夫技師を中心に「あらゆる敵に打ち勝つ万能戦闘機」を目指して開発され、1941年12月に初飛行、高い高速性、運動性、急降下性能、安定性を実現しました。
特に高速性に優れ、最大速度591km/hを発揮しています。

エンジンは独ダイムラーベンツ社DB601をライセンス生産(ハ40)して搭載、運動性維持のためアスペクト比の高い(細長い)主翼を採用。また、部品の互換性など生産性、運用効率も十分に配慮されていました。

残念ながら、高い性能を持ちつつもハ40エンジンの故障が頻発したため、稼働率が低く兵器としては問題がありました。
ハ40は精密な構造で、日本の工業力では生産が難しかったのです。しまいにはハ40の生産が遅滞し、「首なし飛燕」があふれることになりました。
また、ハ40は日本軍では採用例の少ない液冷エンジンであり、整備員に対する教育が不十分だったことも稼働率の低さに拍車をかけました。
ただし、後方支援が充実していた本土防空戦においては高い稼働率が維持できたため、米軍機迎撃に活躍しています。
高速性と優れた急降下性能を活かし、一撃離脱戦法を中心とする戦い方でした。

なお、「飛燕」は後に不調のハ40エンジンを三菱の空冷エンジン「金星」に換装、様々な改修を施し、高い性能と信頼性を併せ持つ「五式戦闘機」として蘇ります。

第4位:海軍 零式艦上戦闘機(三菱A6M2/A6M3/A6M5/A6M6/A6M7/A6M8)

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言わずとしれたゼロ戦こと零式艦上戦闘機です。
皇紀2600年の採用であることから末尾の0を取って「零式」艦上戦闘機という制式名称となっています。
そのため、別にカッコつけて決めた名前ではないのですが、「零式」というのがいかにも中2チックなのでランクインしてもらいました。
機体の詳細については前に記事にしてますので、そちらをどうぞ。

【戦争と兵器を知ろう】嗚呼栄光の零式艦上戦闘機【零戦/ゼロ戦】 - Man On a Mission

【戦争と兵器を知ろう】斜陽の零式艦上戦闘機【零戦/ゼロ戦】 - Man On a Mission

【戦争と兵器を知ろう】零式艦上戦闘機は大和魂の夢をみない【零戦/ゼロ戦】 - Man On a Mission

第3位:海軍 艦上戦闘機「烈風」(三菱A7M)

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ゼロ戦の後継機たる艦上戦闘機「烈風」は、1942年4月より開発に着手されるものの、色んな事情により開発が遅れ終戦直前の1945年6月にようやく制式採用された戦闘機です。
(しかも、本来予定された艦戦ではなく、局地戦闘機として採用)
そのため量産機は1機もなく、試作機・増加試作機の8機のみ生産されています。

海軍発注時の要求性能は、高速性・航続力・旋回性能・重武装・防御力など多方面において高水準を求めるものでしたが、三菱はこれに対しゼロ戦と同じく堀越二郎技師を設計主任としてあたります。
しかし、海軍の強い要望により採用された中島「誉」エンジンが所定の性能を発揮しなかったことから、要求された性能に及ばず、海軍は開発中止を決定しました。
三菱開発陣はこれに納得できず、自社製エンジンA-20(ハ43)に換装して飛行試験を行なったところ劇的に性能が向上、ほぼ要求をクリアする機体が完成します。
すると海軍は手のひらを返して量産を決定、制式採用となりました。

「烈風」について、試験パイロットは「本機200機があらば、戦局の挽回も可能なり」と豪語したそうです。
確かにカタログスペック的には4式戦を上回っていましたが、量産できたとしてもその言葉通りに事が進んだかは…。

なお「烈風」という名前は、使いにくいのか現実でもフィクションでもあまり見かけません。

第2位:陸軍 四式戦闘機「疾風」(中島キ84)

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「カッコよさげな名前」のありがち度で「飛燕」を上回る四式戦闘機「疾風(はやて)」は、中島飛行機の手になる戦闘機です。
高速性、運動性、大航続力、火力、防御力といった諸性能が高いレベルで実現されており、1944年4月に制式採用となりました。
また、生産性にも優れ、終戦までの1年3ヶ月間で約3500機が生産されています(零戦、一式戦に次ぐ生産数3位)。

最大速度624km/hに達し、武装は12.7mm、20mm機関砲各2門という重武装ビルマ戦線やフィリピン戦線で活躍し、米P-38やP-47、P-51を相手に互角以上に戦っています。
しかしながら、毎度おなじみ(?)のエンジン不調により本来の性能を発揮できない機体も多々みられました。
搭載するエンジン、ハ45(海軍呼称は「誉」)は、大戦末期の工作精度の低下や整備員の経験不足により、額面通りの出力が出ないことが多かったのです。

なお、「ハヤテ」という名前はマンガ・ゲーム・特撮などで腐るほど登場しますが、日本海軍にも同名の駆逐艦があります(というか駆逐艦の方が先)。

第1位:海軍 局地戦闘機紫電紫電改」(川西N1K1-J/N1K2-J)

栄えある?第1位は海軍の局地戦闘機、「紫電」および「紫電改紫電二一型)」です。
車田マンガに出てきそうな良い感じにカッコつけた名前です。しかしながら意外とフィクションへの登場は少なく、むしろ自動車関係で採用されるケースが見られます。

さて、「紫電」は水上戦闘機「強風」の陸上機版です。
「水上戦闘機」についてピンとこないかもしれませんが、要はフロート付きで水上から離発着できる戦闘機です。飛行場がない島嶼でも素早く展開できる戦闘機として、第二次世界大戦の前までは割とポピュラーな存在でした。

水上戦闘機 強風
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ただし、太平洋戦争に至っても、水上戦闘機を活用していたのは日本海軍くらいのようです。なお、「強風」は自動空戦フラップ*1を備えるなど野心的な設計でしたが、本機登場までの「つなぎ」に過ぎないはずの二式水上戦闘機零戦からの改造)に性能がおよびませんでした。

さて、紫電の話に戻りましょう。1941年12月に川西は、一五試水上戦闘機(「強風」制式採用前の名称)の陸上機化を提案、これが海軍に認められ開発がスタートします(一号局地戦闘機)。
1942年12月には試作一号機が完成しますが、改造点を最小限に抑えたこともあって性能はイマイチでした。特に主翼配置が中翼のままだったことから、主脚が伸縮式となり離着陸時にトラブルが続出します。視界にも問題があったり、速度も計画値648km/hに対して580km/hにとどまるなど、満足できる性能ではありませんでしたが、それでも零戦の後継機に悩む海軍は1943年8月に「試製紫電」として量産を命じます。

戦後アメリカに引き渡された紫電
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なお、「紫電」の制式採用は1944年10月でした。一応、「強風」からさらに発展した自動空戦フラップのおかげもあって、格闘性能に関してはなかなかの評価を得ています。

さて、川西は1943年3月に「紫電」の改修を海軍に提案、「一号局地戦闘機改」として改設計が始まります。
改修は非常に大掛かりなものとなり、主翼配置を中翼から低翼に改めたり、胴体も全面的に再設計されたりと、もはや紫電とは全く別物となった試作機が1943年12月31日に完成しました。
これにより性能は大きく向上、1945年1月には「紫電二一型(紫電改)」として制式採用されます。

紫電改
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紫電改は、最大速度594km/h、自動空戦フラップを用いた格闘性能、20mm機銃4挺の大火力に、さらには自動消火装置や防弾ガラスなど防御力も兼ね備え、当時の日本海軍戦闘機の中では最良の性能を実現しました。
登場時期が遅かったために、その活躍は本土防空戦に限られたものの、米F6FやF4Uと互角に渡り合える機体となっています。

ちなみに紫電改は、源田實(げんだ みのる)*2大佐を司令とする愛媛松山基地の第三四三航空隊の活躍が有名です。
(ベテラン搭乗員を中心とする三四三空に、集中配備されていました。)
エースパイロットとしては特に、三四三空の戦闘第三〇一飛行隊隊長、菅野直(かんの なおし)大尉が有名で、公称48機撃墜とされています。
菅野は、人気の漫画ドリフターズにも登場していますので、それなりに知ってる人も多いかも知れませんね。

ちなみに三四三空は通称「剣部隊(つるぎぶたい)」と呼ばれていました。また随分とカッコつけたものですが、三四三空はこれにとどまらず、隷下の各飛行隊にも士気を高めるために名前をつけています。
菅野の第三〇一飛行隊は「新選組」、第七〇一飛行隊は「維新隊」、第四〇七飛行隊は「天誅組」となっております。
(軍隊は若い人が多いので、こういった陶酔感を煽るような高揚策が結構あります。)

なお、菅野のアダ名はブルドッグで、あまりカッコつけてません。飛行学生時には「菅野デストロイヤー」というアダ名もあり、こちらは中々頭が悪い感じで素敵ですね。

 

 

*1:機体の速度・過重によって自動的に稼働するフラップ。運動性能の保持に効果がありました。

*2:戦闘機パイロット、航空参謀。後、自衛隊初代航空総隊司令、第3代航空幕僚長航空自衛隊の育ての親であり、ブルーインパルス創設者でもある。さらに後、参議院議員