Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれや情報処理技術者試験の攻略を記録していくITブログ…というのも昔の話。今や歴史メインでたまに軍事。別に詳しくないので過大な期待は禁物。

【戦争を知ろう】新兵訓練と私的制裁【日本軍】

その昔、「フルメタル・ジャケット」という映画がありました。
昔と言っても、日本公開が1988年ですので、そこまで古い映画では…いや、もう十分古いか。年を食うと、大分前のものでも「最近」感覚になってしまって困ります。
さておき、「フルメタル・ジャケット」はベトナム戦争を題材としたアメリカ映画です。海兵隊に入隊した青年を追う形式で、前半は過酷な新兵教育が、後半はベトナムでの活動が描かれています。

まるでそびえ立つクソだな!

この映画は「名言」のオンパレードでよくネット上でもネタにされてますが、その大部分は、物語前半でR・リー・アーメイ演ずるハートマン訓練教官が叩き出しています。
(ついでに、そのほとんどは新兵に対する罵倒となっております。)
「名言」はネットで検索すればゴロゴロ出てきますが、いくつか挙げてみると「口でクソたれる前と後に"サー"と言え」とか「泣いたり笑ったり出来なくしてやる」とか「貴様らは人間ではない、両生動物のクソをかき集めた値打ちしかない!」とか。これらの例は割と穏当なものをチョイスしてますので、興味のある方は他の名言も検索してみてください。もちろん、できれば実際にご視聴されることをお勧めします。

軍隊という社会

さて、フルメタルジャケットの新兵教育にみられる叱責・罵倒・体罰・懲罰の嵐は、なにもハートマン教官の趣味・嗜好により行なっているわけではありません(たぶん)。
軍隊というのはかなり独特な「社会」であり、その社会に適合させるためにも、新兵教育ではいったん新兵の価値観を壊して新たな行動原理を刷り込ませることが必要になります。
(「娑婆っ気を抜く」とかいったりします。)

軍隊は、各々の人員が「部品」として動く必要が生ずる組織であり、そのように組織のパーツとして動く能力を身に付けることで、結果的というか確率的には生存性が高くなるのです*1

日本のフィクションでは、よく上官に逆らったりするシーンがあります。現実にそういうことが全く無いとは言えないまでも、そういった抗命・自己主張が大したお咎めもなく丸く収るのみならず、場合によっては主人公側に都合の良い方向に転がったりするというのは、まさに「フィクション」的なものであると思った方が良いでしょう。

日本陸軍の私的制裁

とはいえそういうことをやってると、いつのまにか目的と手段が入れ替わって、新兵・下級兵は虐めるべき、虐めて当然、俺には虐める権利がある、という感覚が常態化することもままあります。
旧日本軍なんかはその典型で、古い兵が隠れて初年兵にくわえる体罰、いわゆる私的制裁が猛威を振るっていました。
また兵のあいだだけではなく、将校や下士官による暴力もそこそこあった模様。

旧日本軍兵士の日記や回顧談では、殴ったり殴られたりといった話が頻繁に出てきますが、ここでは米陸軍軍事情報部の部内向け戦訓広報誌「Intelligence Bulletin(以下、IB)」の「The Japanese G.I.」から少し抜粋してみます。この記事は日本軍の捕虜となった米陸軍軍曹が1年以上共に暮らした日本軍兵士の生活を観察・報告したものです。

体罰はひどいものだ。兵は上官に殴られ、蹴られている間直立していなくてはならない。もしビンタを受け損なえば立ち上がって直立し、再び罰を受けねばならない。私は兵が殴られて気を失い、宿舎へ運ばれていくのを見たことがある。あるときなどは大尉が兵の睾丸を蹴るのを見た。上級の者はそれがささいな怒りによるものでも、いつでも罰を加える権限を持っている。
日本軍の最下級兵は一つ星の兵、すなわち二等兵である。彼は他の者の服を洗い、食事を作り、寝床や荷物を整え、その他のあらゆる嫌な仕事をしなくてはならない。からかわれ、何か間違いがあれば身代わりとされる。6ヶ月野戦を経験すると自動的に二つ星の一等兵に進められる。彼の生活に二等兵を殴ってもよくなったこと以外の喜びは特にないため、熱心に殴っている。しかし、もし二等兵がいなければ相変わらず殴られている。

なお、人によってはこういった暴力に慣れてしまうケースも見られます。

毎晩殴られることになるが、一期も半ばを過ぎると、殴られることに慣れ、相手の満足しそうな殴られ方を考えてやる余裕がでてくる。/例えば、派手にひっくり返るのを喜ぶ奴には、相手の手が頬にふれると同時に、あらかじめ確認しておいた寝台の上に、大げさにぶっ倒れてやるのだ。(大内誠「兵営日記」)

逆に自分は暴力を振るえども、暴力を振るわれることには慣れてない人も。
ある上等兵の日記より。

夕特務曹長の学科あり 其の際笑ったとて四つ許り 今まで叱られたことは有っても殴られた事はなかったのに 除隊間際だと云うのに無念残念この上もなし もし軍人でなかりせば彼対手に一つ吾が腕をみせてやるものを 噫やるせなき吾が此の身なり

相手が特務曹長なので、准士官からの私的制裁ということになります。
(特務曹長は1937年より名称が「准尉」に変更されました。)
ちなみに、この上等兵は、初年兵に対して体罰を加えていたことが同日記に記されています。

もちろん、仮に私的制裁に慣れたとしても、不満や恨みが消えるわけでもありません。
輜重兵第三二連隊の元兵士の述懐では、不満を紛らわせるため「鉄砲弾は前からばかりはこないぞ」と同年兵同士で陰口を叩いたり、戦争終結後の復員船において、誰彼を海へ投げ込んでやろうと初年兵たちが真剣に協議したり、ということがあったとのこと。
同兵士はまた、「私的制裁は、結果的には怨念を残すことになっても、決して兵隊を強くさせることにはならなかったように思う」とも言っています。

負の連鎖

そんな状況なので、兵士たちの荒みっぷりは中々のものだったようです。
前出の輜重兵第三二連隊にて、第一中隊長だった八木雄一氏が戦後に編纂した戦友会・八木会の会誌「我等の軍隊生活」より。

「いわゆる私的制裁なるものは、八木隊長、丸茂教官等が随分気を配り、隊長など大した用もないのに点呼前後の各班を回り、色々と注意されていたが、実の所は結構お盛んだったといって過言ではなかった。私的か公的かの区別は難しいが意地の悪い陰湿な内容のものが結構ありました。」


「師団長や部隊長は私的制裁は兵営内ではなかったと今でも信じているようであるが、それも今度の戦に負けた原因の一つであると私は思っている。精神教育、精神教育といっていても本当の精神教育がなされていなかった。立派な上官が沢山いたことは認めますが、上部の人もある程度『ビンタ』を容認していた。」


「朝から晩まで『ビンタ』の嵐」

しかし、中には私的制裁を容認する人も。

「これにより軍人の本領である戦闘に入った時、戦闘前の緊張感、戦闘中の行動、戦闘後の安堵感等に、充分耐えられていくものであり、且つ軍隊のみならず、他の社会においても種々耐乏耐久の精神も積極的に自然に動いて行く様になる一つの訓練である。」

「ビンタをとらないと、兵の動きが鈍くなり整理がつかなくなってしまう事もありますので、上官の気持もある程度分かるような気もしました。」 

私的制裁を必要悪として認める論調ですね。
では、別の兵士による、そういった私的制裁をふるう古年兵に対する評価も取り上げてみます。

「作戦から帰った古年兵の自慢話は、常に民衆の財産、生命を奪う話ばかり。弾丸は前からばかりこないぞと不穏な言動、何か狂っている。まるで山賊の集まりである。
聖戦の旗印の許、共に生死をかけて戦わなければならないのに、感情に走って暴力をふるい、我々が神とも尊敬している教官の悪口、そして自分たちは一日も早く帰りたがっている。」


「彼らもいざという時は、かならず立派な働きをするものだと解釈していた。しかし、後日私が分隊*2として作戦に参加した時の戦闘中、古年兵が一発も弾丸を打たず隠れていたという事実があった。」

なお、前述したIBの記事にも見られるとおり、殴られてばかりいた初年兵も次の兵士が入ってくれば、古年兵として殴る立場になります。
またも同会誌より。

「あとから兵隊が入ってこなかったので、最後まで初年兵だった事が一番残念であった。」

具体的に何が「残念」だったのか、ちょっと勘ぐってしまう一言ですね。

主な参考資料

本記事を書くにあたり、以下の書籍を主な参考資料にさせて頂きました。

皇軍兵士の日常生活

日本軍と日本兵 米軍報告書は語る

 

 

*1:念の為言っておきますが、だからこれが正しいのだ、なんて言うつもりはありません。嫌な話だけど現実としてはそういう側面がある、ということです。個人的には、その「現実」を少しでもより良いものにしようとするべきだと思いますが、最近は「しかたないことだから」とかヌカして一部の人を犠牲にしようとする風潮が強い感?

*2:この兵士は、下士官を志願して採用、任官となったため、分隊長となっています。