Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれや情報処理技術者試験の攻略を記録していくITブログ…というのも昔の話。今や歴史メインでたまに軍事。別に詳しくないので過大な期待は禁物。

【私を忘れるのは】九八式直協機(キ36)【どう考えてもお前らが悪い!】

前回、こんな記事を書いたわけですが、

oplern.hatenablog.com

地味すぎて忘れるなんて言いつつも、上記記事で取り上げた機体は、個人的には割とお気に入りが多かったりします。
そんなわけで、今回は前回記事で書き足りなかった九八式直協機についてもう少し突っ込んだ話を。

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なおどうでもいいですが、記事タイトルの一部は前回記事の節タイトルから持ってきました。
それから、「キ36」というのはキ番号です。キ番号の詳細についてはこちらの記事をご覧ください。
あと、前回も書いてて我ながらしつこいと思わなくもないのですが、本機の制式名称は「九八式直協機」であり、「九八式直協偵察機」だの「九八式直接協同偵察機」だのではありません。

九八式直協機の地味なスペック

さて、まずは前回記事には書かなかった九八式直協機の性能諸元を。

全幅:11.80m
全長:8.00m
全高:3.64m
自重:1,247kg
全備重量:1,648kg
全開出力:510馬力
最高速度:349km/h
上昇限度:8,150m
航続距離:1,000km

乗員:2名
武装:7.7mm機銃×2(前方固定銃1、後方旋回機銃1)、爆弾150kg(15kg×10発または50kg×3発)
発動機:日立九八式四五〇馬力空冷星型9気筒発動機(ハ13甲)

上記の性能諸元だけを見ると、低性能だと思う方もいるかもしれません。

例えば、日本軍機を代表する零戦(21型)は最高速度509km/h、上昇限度10,000mですし、九八式直協機と同時期採用の陸軍機、九七式戦闘機は最高速度470km/h、上昇限度12,250mとなっています。
戦闘機ばかりと比べるのも何ですので、他にも挙げると陸軍の九八式軽爆撃機は最高速度423km/h、上昇限度8,900m、爆弾搭載量は450kg。同じく陸軍の九七式司令部偵察機は最大速度480km/h、上昇限度11,400mです。

しかし、上記はあくまでカタログスペックです。九八式直協機の役割を考えた場合、このスペックをもって低性能の機体と断ずることはできません。

実際、九八式直協機は、1938年採用の機体としては、全金属製、低翼単葉、密封風防、可変ピッチプロペラといった当時最新の軍用機スタンダードを満たしています。
他国で九八式直協機に近い役割を担ったのは軽装備の観測/偵察機グラスホッパー)なのですが、九八式直協機はこれらの水準を超える能力を持っていました。

九八式直協機の地味な役割 -忘れるし直接協同する-

九八式直協機の役割上、性能諸元だけでは九八式直協機の性能は判断できないと述べました。
では、九八式直協機の役割とはなんでしょうか?

前回記事でも触れましたが、九八式直協機の役割は、前線の地上部隊と直接協同して偵察や連絡、射撃観測*1、さらに要請に応じて地上攻撃(近接航空支援)などを行うことです。
九八式直協機は、前線で戦う師団指揮下に分散配備され、偵察や地上への航空攻撃を実施します。
これは他の爆撃機偵察機が、師団より上の複雑な指揮連絡/意思決定プロセスを経た上で前線のはるか後方から発進して任務を行うのに比べ、現場にとって遥かに「手軽」に受けられる航空機支援であることを意味しました。
例えば、前線の歩兵部隊が目前の敵拠点を爆撃機により破壊したいと考えても、当時の前線の歩兵指揮官にはそのような航空支援を要請する手段も権限もありません。
(前線からの直接連絡によって爆撃機などによる航空支援が実施できるようなシステムが実現できたのは、欧米各国でも第二次世界大戦中期以降のことでした。)
しかし直協機は師団指揮下にありますので、歩兵指揮官の連絡を受けた師団司令部の即断即決により、航空攻撃を行えるわけです。

ちなみに、九八式直協機は爆弾搭載量が少なく、あまり地上攻撃能力が高いとは言えません。とはいえ爆弾150kgというのは軍直轄の野戦重砲兵1個中隊の瞬間投射弾量と遜色なく、さらに砲兵と違って、すぐに飛来して試射無しで破壊/制圧効果を見込める直協機は地上部隊にとって極めてありがたい存在でした。

また、九八式直協機は偵察・捜索任務においても、司令部偵察機などとは異なり、地上部隊の必要に応じて柔軟な実施が可能でした。
「柔軟」というのは、比較的面倒な手続きを採らずにスピーディーに実施できるという以外にも、地上部隊指揮官の将校が同乗できるということも含まれます。
これは一般の偵察機戦隊ではありえないことでした。一応、直協飛行隊といえども部外者の同乗は制限されてはいたのですが、実際には、攻撃前の敵拠点偵察のために前線部隊の指揮官同乗が黙認されることが多かったのです。
これにより、指揮官は自分の目で状況や目標を確認することができました。ちなみに、平時の演習においても指揮官が同乗して偵察を行う事例が多々あったようです。

直接協同に必要な地味な能力

上記に述べた直接協同任務では、カタログスペック上に表れる項目よりも、別の要素が重要です。
具体的には、短距離離着陸/不整地離着陸、低速安定性や視界の広さ、整備性などが重要な性能として挙げられます。

各要素についてもう少し詳しく述べておきます。

まず、短距離離着陸/不整地離着陸性能は、任務上、未整備の臨時滑走路での離着陸が要求されるため必要となりました。
直協機は前線で運用されるため、十分な長さを持たなかったり、不整地のままで整備されていない滑走路での離着陸を行えなければなりません。
九八式直協機は、短距離離着陸/不整地離着陸性能に優れ、荒れた泥道でも着陸が可能でした。

次に、低速安定性と視界の広さについて。
こちらは、偵察や近接航空支援で必要となるものです。偵察や降下しての地上銃撃・爆撃において、これらの性能が重要となるのは、説明するまでもないと思います。

最後に整備性です。
どんな航空機であれ整備性が高いにこしたことはないのですが、直協機は前線で運用される航空機ですので特に高い整備性を必要としました。
九八式直協機は整備性の高さはもちろん、エンジン故障も少なく高い稼働率を誇りました。

なお九八式直協機では、上記以外に操縦性の良さも長所であり、派生型として後部座席に操縦装置をつけた練習機が生産されています(九九式高等練習機)。

最後に

九八式直協機は1937年11月から生産が開始され、1940年には一度生産終了となっています。しかし、前線からの要望と太平洋戦争勃発により1942年に生産を再開、最終的に1333機が生産され、陸軍作戦作戦の支援に大きな役割を果たしました。
ちょっと面白いところでは、陸軍空母こと「あきつ丸*2」への着艦試験に用いられたなんて話もあり、この際には着艦フックが取り付けられたようです。

ついでの余談ですが、満洲国軍で運用されたり、太平洋戦争終結後、接収された機体が中国の国共内戦インドネシア独立戦争に投入されたりしてました。

そんな九八式直協機ですが、NHKの戦争証言アーカイブスの日本ニュース第92号に飛行シーンが残っていましたのでリンクを貼っておきます。
以下の動画、2分44秒あたりから4分あたりまで。

www2.nhk.or.jp

あと、アジア歴史資料センターから説明書がダウンロードできます(C01004936500)。興味があれば。

主な参考資料

本記事を書くにあたり、以下の書籍を主な参考資料にさせて頂きました。

歴史群像 2009年 12月号

上記歴史群像」の記事「日の丸の翼」

 

 

*1:砲兵による間接射撃や長距離射撃など、目標が直接見えない状態で攻撃する場合に、航空機が上空より砲弾の落着場所と目標の位置関係を観測、味方に情報を伝えることで射撃効力を高めるものです。

*2:陸軍により建造された全通飛行甲板を備えた特種船。特種船とは上陸用舟艇を輸送するための船舶であり、これに加えて航空機運用能力を持つ「あきつ丸」を強襲揚陸艦の先駆けという人もいます。なお、1944年には改造されて船団護衛に用いられることとなり、いわば「対潜空母」となっています。