Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれや情報処理技術者試験の攻略を記録していくITブログ…というのも昔の話。今や歴史メインでたまに軍事。別に詳しくないので過大な期待は禁物。

【明治憲法から】大日本帝国憲法の改正【現行憲法へ】

昨日は、憲法記念日ということで現行憲法大日本帝国憲法についての記事を書きました。

oplern.hatenablog.com

私は生来、拗ね者気質なため(私のへそ曲がりに理屈などない*1ロジャー・スミス)、あえて大日本帝国憲法の話をメインにした記事にしようと思ってたのですが、近年の改憲騒ぎの影響か見返してみると現行憲法に絡む話が多いですね。
拗ね者としても半端者ということか…いや、別にどうでもいいんですが。いい年こいて拗ね者なんかやってらんないよね!

さておき、今回記事は前回の補足というか、書きそこねた大日本帝国憲法の改正制度について。ついでに現行憲法への改正についても触れます。

大日本帝国憲法の改正規定

大日本帝国憲法明治22年(1889年)2月11日に発布されましたが、1890年の施行以来、長きにわたって改正の動きはありませんでした。
(皮肉なことに、唯一の改正機会は1946年公布・1947年施行の現行憲法への全面改正です。)

大日本帝国憲法では、その73条において改正の規定を定めています。

第73条
将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ
2 此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノニ以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス

大日本帝国憲法は、国民代表者の参加無しにつくられたいわゆる「欽定憲法」ですが、その改正については国民の代表者たる帝国議会の協賛を必要としました。
ただし、憲法改正の発案については天皇のみの権限となります。法律のように帝国議会により発案することはできません。

発案された憲法改正については帝国議会で議することになりますが、その際は両院(衆議院貴族院)それぞれで議員総数の3分の2以上の出席を必要とし、その出席議員の3分の2以上の賛成をもって可決となります。
なお、帝国議会の可決は、あくまでも「天皇が帝国憲法の改正を行うこと」に対する同意であって、そのため修正したりはできません。可決か否決か二つに一つの答えを出すだけです。
(とか言いつつ、現行憲法への改正時は随所が修正されましたが。)
ちなみに、憲法改正案は枢密院の諮詢事項とされていました。

改正された憲法の公布は、公式令により「枢密顧問ノ諮詢及帝国憲法第七十三条ニ依る帝国議会ノ議決ヲ経タル」旨を記載した上諭を付した上、天皇が親署、御璽(ぎょじ)押印、内閣総理大臣が年月日記入および他国務大臣とともに副署することとなっています。

唯一の改憲 -日本国憲法へ-

前述のとおり、大日本帝国憲法における最初で最後の改正機会は、現行日本国憲法への全面改正でした。

日本政府は太平洋戦争での敗戦後、マッカーサーから憲法の改正作業を命じられます。
しかし、幣原内閣下で松本烝治(まつもと じょうじ)国務相の憲法問題調査委員会が検討していた「改正案要綱」は毎日新聞にスクープされ、その内容が大日本帝国憲法から多くを出ない保守的なものであることが知られることとなりました。

上記を受け、GHQ民生局(GS)のコートニー・ホイットニー局長は、日本政府が作成した改正案の作り直しを命ずるより、GHQにより原案を作成し正しい方向に導くべきであるとマッカーサーに述べます。マッカーサーはこれを受け入れ、ホイットニーに憲法草案の作成を指示、GSは急遽、憲法草案を作成し、これが現行憲法の原案となりました。
なお、ホイットニーが松本に草案を手渡した際、このGHQ草案をのまないと天皇の身の安全は保障できないと通告したそうです。このことは、後年、自主憲法制定派より「天皇を人質に憲法を押し付けた」と批判の対象となりますが、これは脅しというよりも当時の事情を反映したものです。

GHQの上部機関である極東委員会(日本管理のための政策決定機関)は、1946年2月26日に第一回の開催が予定されていましたが、これには天皇制廃止をもくろむソ連や、日本への感情が極めて悪いオーストラリアが参加しており、昭和天皇への戦犯訴追を強行する可能性がありました。GHQ天皇の権威を利用しながら占領統治を行うことが望ましいと考えており、天皇の戦犯訴追はこれを大きく阻害するものです。
当時、すでに米ソ関係は悪化しており、英チャーチルが3月5日に行う「鉄のカーテン」演説の素地が出来上がっています。この情勢のなか、アメリカが日本占領統治の主導権を握るためには、国民主権象徴天皇制・平和主義を明文化した憲法制定により、連合諸国から天皇制存続の承認を得ることが必要だったのです。

結局、幣原内閣はGHQ草案を受け入れ、法制局に新たな政府案作成を指示します。3月2日に完成した試案をもって松本はGHQを訪れ、GSとの協議を経て、3月5日に全体が完成しました。
なお、前回でも触れましたが、このGHQ草案は、日本側で作られた憲法改正案を参考に作成されています。日本の民間の評論家や学者たちが組織した「憲法研究会」が作成した「憲法草案要綱」に類似しており、その影響が指摘されています。

憲法は、政府の憲法問題調査委員会の改正案要綱についてあまりに保守的であると批判していた各新聞からの支持を受け、また国民の圧倒的多数から歓迎されました。

以上の経緯から、前述の自主憲法制定派が唱える「押し付け憲法論」は極めて一面的な見方のものであると言わざるを得ないかと思います。まあ、仮に全面的に「押し付けられた」ものだとしても、だから何?としか言いようがないのですが。

最後に

簡単ながら、大日本帝国憲法の改正規定と、その唯一の事例である現行憲法への改正について述べてみました。

最近は、現行憲法を改正しようとする勢力がやかましいですが、それらの人々が「改正手続きの緩和」なんてことを言い出したこともありましたね。
現行憲法の改正規定では、改憲案の国会の発議に各議院それぞれの総議員3分の2以上の賛成を要件としていますが(憲法96条)、この要件を緩和して「過半数の賛成」に変えようというものでした。
その改正理由について改憲派いわく、「現行憲法の改正手続きは世界的にみて極めて厳しく、このため改正し難くなっている、各国は何度も憲法を変えているのに日本が制憲後一度も改正していないのはそのせいである、これでは憲法に民意を反映できない」とのことです。

しかし、米国の憲法改正を例に挙げると、両議院の3分の2以上の賛成による発議の後、4分の3以上の州の承認が必要となっており、これは日本国憲法よりも厳しい改正要件です。それにも関わらず、アメリカでは第二次大戦後に限っても幾度か改正が行われています。このことから、日本国憲法の改正手続きが不当に厳しいものとは言えません。

また、「憲法に民意を反映」なんて言ってますが、これはその時々で異なる意見となる民意(多数決)を軽々しく憲法に反映しようとするものです。
立憲主義憲法では人権保障が基本理念となりますが、人権の中核となる「個人の自由」、わけても精神的自由は多数によっても侵してはならない権利です。こういった権利を守るための憲法が、時々で異なる民意により簡単に改正されては、憲法の有効性が失われかねません。

現在の日本をはじめとする民主主義国家は、人権を尊重する「自由民主主義」国家であり、この人権尊重は時として多数の「民意」と対立しうるものです。
例えば、「民意」により国会で制定された法律が、時には憲法違反として無効となることがあります。裁判所が、法律を憲法違反と認めた場合にそれを無効とする権限(司法審査権)を認められているのは、「民意」と相反しても人権を守るためです。
上記の改正理由を挙げた改憲派は、こういった前提を知らない、あるいは知ってるのに無視していると思われますが、後者の故意にやってる人なんかは、まさに”ためにする議論”を振り回しているわけですね。
前回触れたとおり、J党の憲法改正案は現行憲法と真逆で国民を縛るものとなっており、自由で民主な人が、狭義の民主主義(多数決)を利用して自由を制限しようというのだから悪い冗談のようです。

ロジャーさんはシーズン1の最終回で、「雨の中、傘をささずに踊る人間がいてもいい。自由とはそういうことだ」とキメ顔で言いました。

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しかし、日本ではそのうち、雨の中、傘をささずに踊ることはできなくなるのかもしれませんね。

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…うん、全然うまいこと言えてないわけですが、もうめんどくさいから今日のところはこの辺で。

 

 

*1:全く自慢できないというかむしろ非常にカッコ悪い気質なのですが、同じ内容でもロジャーさんがいうとカッコいいですね!?