Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれや情報処理技術者試験の攻略を記録していくITブログ…というのも昔の話。今や歴史メインでたまに軍事。別に詳しくないので過大な期待は禁物。

【戦前用語の基礎知識】緊急勅令とは【大日本帝国】

前回、大日本帝国における「勅令(ちょくれい)」について書きました。天皇によって制定される「命令」のことで、明治憲法の9条に基づくものでしたね。

oplern.hatenablog.com

さて上記記事では、普通の「勅令」とは別に「緊急勅令」というものがあると書きました。今回はその緊急勅令について。

緊急勅令ってなに?

前述のとおり、通常の「勅令」は明治憲法の9条に基づくものですが、「緊急勅令」は明治憲法の8条に基づいています。
まず、明治憲法8条には何が書かれているか、見てみましょう。

天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
2 此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ

天皇は、帝国議会の閉会中に、「公共の安全を保持」するためか、又は「災厄を避ける」ため、緊急の必要がある場合は法律に代わる命令(勅令)を発することができる、と書いてあります。
すなわち、「立法協賛機関」である帝国議会衆議院貴族院)が閉会中、必要があれば、議会に拘束されることなく「法律みたいなもの」を定めることができるわけです。
なお、「緊急ノ必要ニ由リ」とありますが、この「緊急」というのは単に「次の議会を待てない」という程度の意味であり、臨時議会を招集する余裕すらないとか、そういう真に緊迫した状態を指し示しているわけではありません。
第8条2項では、帝国議会の次の会期において緊急勅令の承諾を求めることとしています。帝国議会で承諾を得られれば、国家の意志として将来に向けて存続することとなり、確定した法律の効果を持たせることができるようになりました。

なお、緊急勅令を発するには、枢密院官制の定めにより枢密院の諮詢を経なければならないとされていましたが、これは憲法上の要件ではないので、仮に諮詢せずに公布しても無効にはなりません。

勅令を発する際には、公式令により上諭(冒頭に記される天皇の裁可を示す文章)を付し、天皇が親署、御璽(ぎょじ)押印、内閣総理大臣が年月日記入し副署、または他の国務大臣もしくは主任の国務大臣とともに副署することとなっています。
上諭には、憲法8条1項により発する旨と、枢密顧問の諮詢を経た旨を記載しなければなりません。なお緊急勅令には、普通の勅令と同様に暦年ごとに通し番号を付することになりますが、これは一般勅令・緊急勅令で共通となります。そのため、緊急勅令か一般勅令かは通し番号では判別できず、上諭の「帝国憲法第八条第一項に依り」というような記載を確認しなければなりません。調べものの際にはご注意(?)を。
参考まで、アジア歴史資料センターで公開している昭和3年129号緊急勅令について、リンクを貼っておきます。

www.jacar.archives.go.jp

緊急勅令の事例

さて、実際にどのような緊急勅令が発されたのか、少し事例を挙げておきます。

治安維持法改正における緊急勅令

まず、先に参考としてリンクを貼った昭和3年129号緊急勅令から。
こちらは、以前大日本帝国憲法について書いた記事で少し触れたことがある、治安維持法改正に関連する緊急勅令です。
悪名高き治安維持法は、大正14年に制定された後、昭和3年および昭和16年に改正(改悪?)されているのですが、そのうち昭和3年の改正は緊急勅令をもってなされました。

昭和3年改正では、国体の変革を目的とする結社について厳罰化(死刑もあり)し、また「結社の目的のためにする行為をした者」を罰することが盛り込まれ、本人の意図に関係なく、結社の目的遂行の役に立っていると判定されれば罰することが可能となっています。
この治安維持法「改正」案は第55議会に提出されましたが、この会期中には成立せず審議未了で廃案となりました。

ところが、当時の田中義一内閣はこの前議会で成立しなかった改正案を、緊急勅令*1をもって強行改正します。
閣議で緊急勅令による改正を求める方向を決定、枢密院の諮詢を経て、天皇の裁可を受けました。)
この強行手段には、政府内部、与党内、枢密院の一部、法学者、新聞・雑誌などのメディアから一様に強い批判が浴びせられ、さらには天皇も快く思っていなかったようです。ともあれ、すったもんだはあったものの第56議会でこの緊急勅令は承諾され、以降、法律と同じ効力を持つこととなりました。

ポツダム宣言受諾に関する緊急勅令

もう一つ。終戦直後に発された緊急勅令、昭和20年勅令第542号ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件も挙げておきます。
この緊急勅令は、あらゆる事項について無制限に憲法以上の立法権を行政府に委ねるという、かって前例のないものです。
いわゆるポツダム勅令(のちポツダム政令)を発する根拠になったもので、議会を通った法律を勅令・政令はもちろん省令によっても改廃できるというものでした。

占領下において、他に選択の余地のない措置ではありましたが、悪名高きナチス授権法ですら一応国会を通過してる点を考えると、この緊急勅令の非立憲性はそれを上回るものだと言えるでしょう。

なお、平和条約発行・占領終了によりこの緊急勅令は失効しましたが、しかしこれに基づいて出された政令は必ずしも直ちには失効せず、その効力が最高裁判所まで争われたりしました。

主な参考資料

本記事を書くにあたり、以下の書籍を主な参考資料にさせて頂きました。

事典 昭和戦前期の日本―制度と実態

 

 

*1:治安維持法中改正ノ件(勅令第一二九号)