【大日本帝国】海軍とテーブルマナーとフルコース【フランス料理】
今回は前回記事の補足の小ネタです。
前回は日本海軍の階級についての記事だったわけですが、今回は階級制度についての補足というわけではなく、兵曹長(准士官)が週3回洋食フルコースの食事の待遇を受けたというくだりについての記事だったりします。
テーブルマナーとフルコース
前回、准士官たる兵曹長が、かなり士官寄りの待遇を受けた旨書きましたが、その部分で週3回は洋食フルコースの食事があったと述べています。
軍隊とフルコース料理という意外な組み合わせということもあって、やや唐突な記述に思われたかもしれません。
実は日本海軍の士官教育では、軍事的な知識以外にフランス料理におけるテーブルマナーの授業が行われていました。
海軍士官は一流の外交官でもあらねばならず、外交儀礼の場で粗相を犯さないよう、饗応の中心となるフランス料理のマナーを学ばせる必要があったためです。
晴れて士官となった後も、昼食にフランス料理のフルコースが供されたり、一流の西洋料理店に通うよう指導されたり、身につけたマナーが錆びつかないよう継続的な配慮がなされていました。
兵曹長がフルコースを供されたということにも、こういった背景があったわけです。
太平洋戦争
1941年12月8日には太平洋戦争が開戦、緒戦は勝利を収めていた日本軍でしたが、その勢いは長くは続かず、次第に連合軍に追い詰められていくこととなります。
食糧事情も悪化し、徐々に支給量が減少していきました。
このような状況下においても、海軍兵学校ではテーブルマナーの授業が行われており、また、合同会議に出席した陸軍参謀が海軍の食事の豪華さに驚いたなんて話が残っています。
とはいえ、戦争末期になると食糧事情はより深刻なものとなり、カロリー消費を抑えるため駆け足を禁止したり昼寝時間の確保が全軍通達されたりと、どうにもならない状況に陥ったようです。
主な参考資料
本記事を書くにあたり、以下の書籍を主な参考資料にさせて頂きました。
海軍さんの料理帖