Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれや情報処理技術者試験の攻略を記録していくITブログ…というのも昔の話。今や歴史メインでたまに軍事。別に詳しくないので過大な期待は禁物。

【世界のマイナー戦争犯罪】エチオピア戦争における毒ガス使用【イタリア】

本日の記事は、「世界のマイナー戦争犯罪*1」シリーズ第10回目です。

本シリーズは、日本軍による南京事件ナチスドイツのユダヤ人虐殺といった有名どころの戦争犯罪は脇に置いといて、あまり知られていないものを取り上げてみようという企画です。
いつのまにか大分増えてきたので、最近、シリーズ外の戦争犯罪記事も巻き込んでカテゴリをつくりました。

oplern.hatenablog.com

同カテゴリには、右派というか愛国者な方々が大好きな通州事件についての記事も含めてますので、是非ご覧いただければと思います。

oplern.hatenablog.com

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最近はなにやら、「南京事件通州事件をモデルとした捏造」だなんてバカげたことを言ってる方がいるらしいですね。ここまで来ると、もはや頑張って自分を騙してるんじゃないかとすら思われるのですが、愛国者さんも大変だなあ。

さておき、最近は日本の戦争犯罪記事が続いてましたが、一応「世界」と謳っているシリーズではありますので、今回は申し訳程度にイタリアの戦争犯罪
1935年からのエチオピア侵攻における、イタリアの化学兵器使用について取り上げます。

エチオピア戦争における化学兵器作戦

かつてイタリアは2度、エチオピアに侵攻していますが、今回指している「エチオピア戦争」は1935年10月3日に始まる第二次エチオピア戦争です。
(ちなみに、第一次エチオピア戦争は1895年〜96年でした。)
エチオピアは、アフリカ大陸北東部の国で国土の大半が標高2000~3500mのエチオピア高原となっています。
アフリカ大陸では最後まで植民地とされずにいた国でしたが、第二次エチオピア戦争で1936年5月5日に首都アディスアベバが陥落、イタリアに併合されました。しかし、その後もイタリアに対する抵抗は長期にわたって続くこととなります。

さて、このエチオピア戦争では、イタリアによる大規模な毒ガス使用がありました。

第一次世界大戦化学兵器(毒ガス)が大量に使用されたことを受けて、1925年には化学兵器および生物兵器の使用を禁じたジュネーブ議定書が調印されています。
イタリアは、1922年から国民ファシスト党ムッソリーニが政権を握っていましたが、同政権はこの議定書の調印に参加しており、また、1928年には留保をつけることなく批准しました。

イタリアは、リビアなどでも小規模に化学兵器を使用していましたが、エチオピア戦争では、1935年12月22日から翌36年3月29日までに、空軍が北部戦線で65波にわたって972発のC500T型を投下しています。C500T型は総重量280キロの爆弾で、内部に212キロのイペリットを充填していました。
それ以外の戦線においても化学兵器は大量に使用され、1939年3月までに投下された化学剤は約500トンに達したそうです。

イタリアによる化学兵器使用は、開戦当初に短期戦を想定したにも関わらず、エチオピアの激しい抵抗によりある程度の長期戦を覚悟しなければならない状況となったことが影響していました。化学兵器を用いることで、戦闘を有利に進め侵攻を速めようとしたようです。
とはいえ、化学兵器を使用したものの、結局、戦況は好転しなかったようですが。

イタリアの化学兵器使用に対して、1935年12月30日、エチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世国際連盟へ訴えています。また、それより前、エチオピアで医療活動を行っていた各国の医師らの告発もあって、イタリアへの国際的非難が高まりましたが、国際連盟がこの問題を取り上げたのは、戦争の帰趨が決した3ヶ月後でした。
なお、赤十字の調査団が現地に入ったものの、「中立義務」をたてに積極的な調査は行なわれていません。

エチオピア戦争における化学戦の手法は、自軍から遠い地域への空軍による攻撃が中心だったこともあり、従軍した兵士の多くは化学戦を目撃していませんでした。
前述の通り、赤十字の調査も不十分だったことから、イタリア国内では化学兵器使用の実態は長年明らかにされず、むしろ、その事実を発掘する人々に対する非難が続いていたそうです。
日中戦争・太平洋戦争で日本がやらかした諸々と、戦後におけるそれらの究明に似たような状況ですね。)
しかし、1995年8月、化学兵器使用の存否をめぐり対立していた人々が、資料により確認することに合意。幾人かの国会議員が外務省および国防省に質問書を提出した所、翌1996年2月7日の回答書で当時の文書が公開され、イペリットやアルシンの装填された爆弾や砲弾が使用されたことが確認されました。

こうして60年間にわたってうやむやにされてきた化学兵器使用が明るみに出ることとなったわけですが、どの国でも、自国のやらかしを認めたくない人というのは一定数いるわけですね。

主な参考資料

本記事を書くにあたり、以下の書籍を主な参考資料にさせて頂きました。

世界戦争犯罪事典

 

 

*1:実のところ、一口に「戦争犯罪」といってもその定義はあまり明確ではありません。狭義の戦争犯罪としては、ハーグ陸戦規定などの戦時国際法規に違反する民間人や捕虜への虐待・殺害・略奪、軍事的に不必要な都市破壊などが挙げられますが、一般的には、これに含まれないユーゴスラヴィアルワンダ内戦での虐殺、ナチスドイツのアウシュヴィッツなんかも戦争犯罪とされています。当ブログではあまりこだわらず、一般的イメージとしての「戦争犯罪」を扱いますのでご承知おきください。