Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれや情報処理技術者試験の攻略を記録していくITブログ…というのも昔の話。今や歴史メインでたまに軍事。別に詳しくないので過大な期待は禁物。

【死因百科】食事で死ぬ【リフィーディング症候群】

本日は、少し書籍の紹介などをしようと思います。とはいえ、それだけというのもなんなので、当該書籍のとある事項について勝手に補足してしまおうと目論んでみたり。
紹介する書籍は以下。

図説 死因百科

以下、出版元の紹介を引用。

事実は小説より奇なり
人はいつか死ぬ――そしてそこには死亡の理由が必ず存在する。
人間の文化やライフスタイルが多様化するにつれ、死因の種類も増加していった。アメリカ合衆国の死亡診断書に記載された死因は、1700年には100種類に満たなかったが、今日では3000を超えている。

おなじみの成人病や戦争から、安楽死、厚底靴、巨大イカ、宇宙人、出会い系サイトまで......。膨大な死亡記録を渉猟した著者による、いっぷう変わった死因を集めた「読む事典」。

 内容は上記に書いてある通りというか、むしろタイトルの「死因百科」が全て言い表してる感ですが、窒息とか感電、凍死、老衰などの「普通」の死因から、空飛ぶ牛、トイレの時間といった読まないと何の話かわからないもの、傘、つまようじなどの項目名だけで痛そうなものや、かくれんぼ、肥溜めといった容易に惨劇が想像できるものなど、多種多様の死因が掲載されています。
まあ、春休みや感謝祭など、かなり間接的というか(直接の死因は事故等)、死因というにはちょっと苦しいと思われるものが結構あるのはご愛嬌でしょうか。

なお、俗説として否定されているエピソードなんかも事実として記載されたりしてますので、正確性に重きを置いた書籍とは言い難いかと思います。フランス革命期に処刑されたラヴォアジェとギロチンのエピソード*1とか。
あまり、肩肘張らずに楽しんで(?)読むたぐいの本ですね。ショーの最中に、誤ってカバのあくびに飛び込んで死亡したピエロの話(ネット発祥らしい都市伝説)とか、ヨタ話のネタにはよいのではないでしょうか。

食事で死ぬ

さて、当該書籍には、「飲食」が原因の死亡についても記載されています。

大食い競争やら消化不良、生リンゴジュースによる食中毒、日本でもお馴染みのもちを喉につまらせる事例などの他、飲食が直接的な死因ではないもの、例えば、オープンカフェでの食事中に車や馬(!)が突っ込んできて死者が出たという話や、フッ素樹脂コーティングされたフライパンの表面が痛み使用時に有毒ガスが発生*2したという話も。

これらのうち、そのものズバリ「食事」という項目について引用します。

米国の5つの州の記録をみると、食中毒で緊急救命室に運びこまれた患者の大半(6割)は外食で中毒にかかっている。しかし、あらゆるデータを丹念に調べてみると、実際には家で食中毒にかかる人のほうがはるかに多いことがわかる。自宅で料理して中毒になった場合は報告されないことが多く、一般的な記録には反映されていないのだ。
疾病対策予防センター(CDC)によれば、食中毒の発生件数は2001年から減少傾向にあったが、2004年には急増して過去最高を記録した。

割と素直というか、ヨタ的な話の含まれないシンプルな内容ですね。
これはこれで良いのですが、非常に個人的な思いを言わせて貰えれば、飢餓状態にいた人が食事をしたことで死ぬ、という事例が掲載されてないことが残念でした。
そんなわけで冒頭で述べた通り、当記事で手前勝手に補足を書かせてもらおうと思います。

飢えて食べて死ぬ

慢性的な栄養不良状態が続いている者が急激に栄養を摂った場合に、心不全不整脈、呼吸不全、意識障害、けいれん発作、四肢麻痺などの多様な身体症状を呈し、時に死亡するという事象があります。

太平洋戦争において、日本軍の捕虜となり飢餓状態に陥っていた米軍兵士が、解放後に食事を取ったところ様々な身体症状を生じたという話や、ガダルカナルニューギニアから病院船に収容された栄養不良の日本兵らが、医者の制止を聞かずに食事を取り死亡してしまったという話が事例として挙げられます。

また、さらに遡ると戦国時代に羽柴(豊臣)秀吉が鳥取城攻略にて行った兵糧攻めにて、同様事例が見られます。
下記、現代語訳の信長公記から、該当箇所の引用を。

現代語訳 信長公記

まずは、兵糧攻めの様子。

このたび因幡鳥取では、一郡の男女ことごとくが城内へ逃げ込んで立て籠もった。しかし、下々の農民その他は、長期戦の用意はなかったから、たちまち餓死してしまった。
初めのうちは、五日に一度、あるいは三日に一度、鐘をつき、それを合図に、雑兵が全員で柵ぎわまで出てきて、木の葉や草を採り、特に稲の切り株は上々の食い物であったようであるが、後にはこれらも採り尽くし、城内で飼っていた牛馬を殺して食い、寒さも加わって、弱い者は際限もなく餓死した。餓鬼のように痩せ衰えた男女が、柵ぎわへまろび寄り、苦しみ喘ぎつつ「引き出して、助けてくれ」と悲しく泣き叫ぶ有様は、哀れで見るに堪えなかった。これらの者を鉄砲で撃ち倒すと、まだ息のある者にも人々が群がり、手に手に持った刃物で手足をばらし、肉を剥がした。五体のなかでも特に頭部は味がよいと見えて、一つの首を数人で奪いあい、取った者は首を抱えて逃げて行った。まったく、命を守る瀬戸際となると、こんなにも情けないことになるのであった。

なんとも凄絶ですが、この状況のなか、城内から吉川経家・森下道与・奈佐日本介、三将の首と引き換えに城内に残る者を助けてほしい、との申し入れがありました。
信長に指示を仰いだところ、その了承を得ることができ、籠城していた者らは解放されることとなります。

十月二五日、鳥取に籠城していた者が助け出された。まったく餓鬼のように痩せ衰えて、誠に哀れな有様であった。あまりにも哀れであったので食い物を与えると、食い過ぎて過半数の者が頓死してしまった。

助かったと思いきや、解放後に食べて死ぬというなんともやりきれない急展開ですね。歴史関係の書籍を漁っていると、他にも同様事象をちらほら見たりするのですが、現在、これらの事象は、リフィーディング症候群によるものと考えられています。

リフィーディング症候群

リフィーディング症候群(refeeding syndrome)とは、慢性的な栄養不良状態が続き、高度の低栄養状態にある者に、急激に十分量の栄養補給を行うことで発症する一連の代謝合併症の総称です。
飢餓状態への栄養投与により、意識障害や呼吸障害などが出現する病態で、心不全不整脈、呼吸不全、意識障害、けいれん発作、四肢麻痺、運動失調、横紋筋融解、尿細管壊死、溶血性貧血、高血糖等々、多彩な臨床像を示し、心停止を含む致死的合併症による死亡例も報告されています。

なぜ、飢餓状態、高度の低栄養状態の者への栄養投与がこのような症状を引き起こすのかというと、栄養が投与されたことでグリコーゲンや脂肪、蛋白の代謝が行なわれ、その結果、リンやマグネシウムなどのミネラルやビタミンB1などの欠乏が生じるためです。

飢餓状態、高度の低栄養状態では、外からのエネルギー基質が不足するため、エナジーサイクルは体蛋白質の異化や脂肪分解を主体としたものへ変わっていきます。さらには、ミネラルやビタミンなどの不足も併発することとなります。
この状況で栄養投与を行なうと、膵臓におけるインスリン分泌を刺激し、摂取された糖質は細胞内に取り込まれてATP*3産生(エネルギー産生)に利用され、また、蛋白合成も引き起こします。この際、大量のリンが消費されることとなり、同時に、カリウムマグネシウムが細胞内に移動するため、それぞれの欠乏症状が出現、また、糖代謝によってビタミンB1も消費されて欠乏症を起こします。さらに、インスリンが腎尿細管におけるNa再吸収を促進させて、体内への水分貯留を引き起こしたり、血中のリン不足により末梢組織への酸素供給量が減少したり、リンの不足からATP産生が減少してエネルギー失調から臓器障害を起こしたりします。
ごちゃごちゃ書いてきましたが、とにかく色んな不都合が生じて、体に影響を及ぼすわけです。

リフィーディング症候群の発症は、栄養投与開始後1〜2週間までに集中しているとのことで、この期間中、密にモニタリングしつつ投与エネルギーを少量から漸増することで防止するそうです。特にリンなど電解質の監視は連日行なう必要があるとか。

最後に

栄養不良状態の者が、急に食物を食べて身体症状を引き起こしたり死亡したりするというケースは、歴史に興味のある方なら、割と書籍やら史料なんかで目にする機会があるのではないでしょうか。
これらについて、昔は「胃痙攣」により胃が破裂したものだとか言われていたのですが、現在では、急激な再栄養(refeeding)による代謝異常であるリフィーディング症候群によるものと考えられています。
なお、リフィーディング症候群は、飢餓が発生している地域とか紛争地でだけ見られるものではありません。現代日本においても、神経性やせ症などの摂食障害や、高齢者、癌患者などでリフィーディング症候群の報告があります。

リフィーディング症候群にかまけて忘れてましたが、今回記事は一応「死因百科」の紹介ですので話を戻しますと、当該書籍には、各種の死因以外にも附録として死亡診断書や死体の取り扱いなどについても記述されています。日本ではなくアメリカの話となりますが、こちらもなかなか面白いので、好事家的傾向のある方にはおすすめです。

 

 

*1:アントワーヌ・ラヴォアジェ(1743-1794)は近代化学の父と呼ばれる化学者ですが、元徴税請負人だったためフランス革命期に逮捕されギロチンで処刑されました。頭部を切断された人間はその後もしばらく意識を保っているのか知りたい、などと考えたラヴォアジェは、この処刑にあたって、意識のある限りまばたきを続けるから見ていてくれ、とラグランジュ(数学者・天文学者)に頼んだという話があります。「死因百科」にも掲載され、切り離された首が20回まばたきをしたとか書かれているのですが、この話には信頼できる裏付けがなく、俗説と考えてよさそうです。

*2:「から焼き」や「からだき」により260℃を超える高温となると、分解ガスが発生するようです。さらに400℃を超える高温になると毒性の高いガスが発生し始める模様。なお、調理における通常の器具温度は150〜190℃です。

*3:アデノシン三リン酸。食事から得た糖や脂肪がもつエネルギーは、生体内で使われる時にはATPという分子に変換して利用されます。スポーツや筋トレ向けのサプリメントを摂ってる方なんかは、クレアチンとの絡みで聞いたことがあるかもしれませんね。