Man On a Mission

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【日本軍】軍法会議を(ちょっとだけ)知ろう【軍事司法】

本日の記事は、唐突に何の脈絡もなく日本軍の軍法会議について取り上げます。

軍法会議といえば、フィクションではよく「軍法会議ものだ」なんてセリフが出てきますが、じゃあ、軍法会議ってなに?と問われると答えられる人は少ないのではないでしょうか少ないはず少ないということにしておいてください。

ともあれ、そんなわけで今回は軍法会議についての基本的な事柄を記したいと思います。

軍法会議とは(一般)

まずは軍法会議の一般的事項について。まあ、ごく簡単ながらも概論的なものですね。

近代以降の軍隊では、「軍事司法」が軍の秩序や規律維持に重要な役割を果たしてきました。軍隊の規律維持において、将校の指揮命令権限は極めて重要なものですが、その実効性を支えるのが軍事司法です。
軍刑法と軍法会議は、その軍事司法の中核をなすものとなります。

一般に、軍刑法は刑法に対する特別法の関係にあり、軍人に特別の服役義務を要求します。一般人にとっては罪とならない行為も軍人に対しては罪としたり、またはより重い刑罰が科されました。
例えば、軍人が命令に従わなかったり、正当な理由なく勝手に部隊を動かしたり、無断で部隊を離れたり欠勤したりすると、刑罰を科せられます。
(ちなみに、旧日本軍では、補給が途絶えて餓死の危険にさらされた兵が、食料を求めて部隊を離れた結果、刑に処せられるというケースが多くみられました。)

今回取り上げる軍法会議は、軍人の犯罪について裁判を行う機関です。日本では、戦時中に色々とろくでもない事例が見られたためか、極めてネガティブなイメージを持たれている軍法会議ですが、本来は軍人を対象とする特別裁判所なわけですね。「特別裁判所」って言葉からして既にイメージが悪いと言われれば、反論できないしする気もないのですが…

軍法会議ものだぞ(ぐんぽうかいぎものだぞ) ~ モリス事件を例に ~

冒頭でも述べたフィクションによくあるセリフ「軍法会議もの」ですが、大抵その含意は「お前を蝋人形に死刑にしてやろうか」的な脅迫ですね。
他は、「本来なら死刑だぞ/懲役刑だぞ」的な意味合いなんかが、よく見られる使われ方でしょうか。
どっちにしても、いずれも死刑、または長期の懲役刑のような極めて重い刑罰を想定しているように思えます。

とはいえ、軍法会議は裁判ですので、必ずしも重い刑罰を言い渡すわけではありません。
というか、普段から、そんな重い刑罰がポンポン出たら大変ですね。
(とか言いつつ、太平洋戦争末期みたいな異常な状況だとポンポン出たりするのが辛いところですが。)

戦争が縁遠いものとなった人により作成されたフィクションでは、割と本来の意味を離れた定型句みたいになってるんじゃないかと思うのですが、参考まで比較的軽めの刑が下された事例を挙げておきたいと思います。

以下、割と有名なモリス事件より。

1991年12月に16歳でイギリス軍に入隊し、英陸軍近衛騎兵隊に所属していた陸軍兵士モリスは、上官からのいじめを受け、肉体的危害を加えられる恐れから軍務を離脱しました。
モリスによれば、乗馬訓練中、伍長および他兵士からいじめの対象となり1992年11月には伍長に殴られて落馬、負傷。1993年2月末にさらなる攻撃を恐れ無断で軍務離脱したということです。3月には部隊長あてに任期終了を請う手紙を出したとのことですが返事は無く、1996年10月に逮捕されて1955年陸軍法第38条a項に反する無断職務離脱として起訴されました。
軍法会議は、1997年5月27日に開廷されます。軍法会議の構成員は、常任議長(工兵中佐)と大尉2名、文民である法務官でした。モリスは無罪を主張したものの、結局は有罪判決が下り、禁錮9ヶ月と軍籍はく奪が言い渡されています。

上記軍法会議は、法務官を除いて、他は軍人が構成員となっていますね。軍人比率が高いのですが、これはイギリスに限ったものではなく、多くの国で、一部または全部が軍人で構成される軍法会議が根付いています。

モリスの軍法会議では、一応、公平性・独立性を確保するために被告とは命令系統を異にする者が選ばれており、なおかつ文民たる法務官も参加していました。
ちなみに1996年の軍隊法改正前は、文民法務官は構成員ではありません(同席のみ)。この辺の見直しは、欧州人権裁判所で争われたフィンドレイ事件が影響しています。興味のある方は、調べてみてください(投げっぱなし)。
なお、このモリス事件は後に欧州人権裁判所で争われ、軍法会議の独立性が不十分と判示されるのですが、今回はこれ以上ふれません。気になる方は調べてみてください(投げっぱなし)。

さて、今までで概論的なところは述べましたので、次章より軍法会議制度の具体例を見ていきましょう。
ただし、取り上げるのは、私の趣味範囲から現代におけるそれではなく、旧日本軍の軍法会議となります。
勇名よりも悪名をはせがちな旧日本軍ですが、さて、その軍法会議はどのようなものだったのでしょうか。

軍法会議日本陸軍

旧日本軍の軍法会議と一口にいっても、時期によって変化してますし、また、陸軍、海軍でも若干の差異があります。
今回、対象としているのは、太平洋戦争あたりの日本陸軍のものです。時間の関係上、概要程度にとどめてますので、あらかじめご承知おき下さい。

さて、軍法会議は、主に軍事犯罪を裁く裁判所で、軍刑法だけでなく一般の刑法なども対象となります。
軍法会議は「刑事手続法」である軍法会議法に拠りますが、その「刑事実体法」は刑法、陸軍刑法/海軍刑法、軍機保護法等でした。)

軍法会議には、「常設」と「特設」の二種類があります。

常設軍法会議としては、高等軍法会議軍法会議師団軍法会議が、特設軍法会議としては合囲地軍法会議および臨時軍法会議がありました。

常設軍法会議のうち、高等軍法会議陸軍省、軍・師団軍法会議はそれぞれ軍、師団に付置されており、平時・戦時を通して常設されています。
常設軍法会議は二審制となっており、始審が軍・師団軍法会議で、上告審が高等軍法会議でした。
上告審の高等軍法会議陸軍省に1庁だけ設けられており、軍・師団軍法会議は、各軍、各師団に1庁ずつ設けられます。

特設軍法会議のうち、合囲地軍法会議は敵の包囲下や攻撃下で、合囲地境戒厳が布かれたときに設けられるものとされていました。
実際には開設されることなく敗戦を迎えています。
もう一つの臨時軍法会議は、戦時や事変などの非常のときに臨時に設けるものとされていました。
緊急な状況下に設置される性格上、一審制・非公開・弁護なしという過酷な制度だったのですが、後には、この臨時軍法会議が軍・師団軍法会議に取って代わることとなります。

1944年、戦局悪化により軍法会議の迅速性が重要性を増したため、内地の各軍に臨時軍法会議が特設されることになりました。これにより、高等軍法会議を除く常設軍法会議はすべて閉鎖されます。
以降、師団における軍法会議は、各軍の臨時軍法会議の師団法廷、師団分廷となりました。

ちなみに、特殊な特設軍法会議として、2.26事件の際の東京陸軍軍法会議があります。設置根拠が法律ではなく緊急勅令という特例的なものでした。

軍法会議の構成

常設・特設、いずれの軍法会議も、裁判部検察部から構成されます。

裁判部は、裁判と予審とにわかれており、前者には裁判官、後者には予審官が配されます。
裁判官、予審官となる要員については、あらかじめ判士、法務官らを定めておきます。実際に軍法会議が開催されると、その要員から、当該軍法会議を担当する予審官・裁判官を決定しました。

検察部の上席検察官は、高等軍法会議では陸軍省法務局長が、軍・師団軍法会議では軍・師団司令部の法務部長が兼務しました。

ちなみに、陸軍省法務局長・局員と、軍・師団の法務部長・部員は、多くの場合、あらかじめ定められた軍法会議要員として、裁判官、予審官、検察官を兼ねました。
ある時は裁判部の裁判官や予審官、ある時は検察部の検察官となったわけですね。これらの人々は、軍司法事務・行政に携わる法務部将校であり、俗に「法務官」と呼ばれていました。
なお、法務部将校になるには、高等文官試験司法科試験を合格した法曹有資格者でなければなりません。

軍法会議の職員

軍法会議の職員には、判士法務官録事警査がいます。

判士は、兵科将校から任命されます。
判士は軍法会議の裁判官となりうるものであり、法務官を除いて、原則、判士でなければ裁判官となることはできません。
なお、裁判官となる将校は、常に被告人と同等以上の階級の者と定められていました。

法務官は、裁判官、予審官、検察官に任ぜられます。
特設軍法会議においては、法務官に替えて兵科将校または他の高等文官に検察官、予審官を務めさせることができました。
なお、検察官は憲兵や警察官に捜査を補助させることも可能です。

録事は、書類の調製等の事務を管掌し、取調べや処分への立会を行います。
判任文官でしたが、特設軍法会議では、准士官下士官を録事を務めさせることができました。

警査は、捜査・警備の補助や送達を任務とします。判任待遇の文官でした。

なお、軍法会議の長官は、高等軍法会議陸軍大臣、軍・師団軍法会議がそれぞれ軍司令官、師団長です。
特設軍法会議では、部隊長や地域の司令官、例えば連隊に軍法会議が特設された場合は連隊長が長官となりました。

裁判官と弁護人

裁判官は原則5名となります。
前述のとおり、判士、法務官から任命されますが、高等軍法会議では判士3名、法務官2名、その他の軍法会議では判士4名、法務官1名でした。
なお、特設軍法会議では、裁判長を除く裁判官を2名減らして、判士2名、法務官1名とすることができます。
裁判官の過半数の意見で判決が決せられました。なお、裁判官の選定は、軍法会議長官の権限となります。
また、合囲地軍法会議では、法務官に替えて、兵科将校または合囲地境内の高等文官に、裁判官の職務を行わせることができるとされていました。制度的には、法律専門家不在もあり得たわけですね。

特設軍法会議では弁護なしですが、常設軍法会議では、弁護人を選任することができました。
1年以上の懲役または禁錮以上の刑罰にあたる事件については、弁護人の選任・出廷がなければ開廷できないとされています。
弁護人となりうる者は、将校または将校相当官、陸軍高等文官、陸軍大臣の指定した弁護士でした。

軍律会議

軍法会議は、軍人だけでなく軍の学生生徒、軍属、軍用船舶員、捕虜も対象としました。

また、軍法会議とは別に軍律会議というものがあります。
これは、日本軍の管轄下にある作戦地や占領地の住民らを対象とするもので、作戦指導や占領地行政を妨害し、日本軍に不利益になるような言動を行った場合に、その住民を逮捕・起訴して刑罰を与えるために開かれる裁判でした。
ちなみに、南方軍の軍律会議は、南方軍軍律審判規則第八条に「本規則ニ別段ノ定メナキ事項ハ陸軍軍法会議中特設軍法会議ニ関スル規定ヲ準用ス」と定められてて、つまるところ、一審制、非公開、弁護なし、だったようです。相当に過酷な「裁判」が行われ得るわけですね。

日本軍 軍法会議の問題点

少しだけ、日本軍の軍法会議の問題点を。

まずは、行政権と司法権とが独立していない点が挙げられます。
軍法会議では、軍司令官や師団長といった部隊長が長官となるのですが、これは、現代日本で例えて言うならば、県知事や総理大臣が裁判所や検察といった司法機関のトップでもあるようなものです。
ここまで書いて、最近の日本と大して変わらないように思えて微妙な気分になってきましたが、それはさておき、司法制度としては非常にまずいものなのですね。

もう1点。次は司法知識の欠落について。
判士となる兵科将校らには、十分な法学教育など行われておりません。一応、法務官からの助言を受けることはできますが、とはいえ、合囲地軍法会議では法務官のいない構成もありえました。
特設軍法会議の一審制、非公開、弁護なしという性格を併せて考えると、もはや、裁判という体裁すら整わない軍法会議が現れ得る制度だったわけです。

最後に

近年は、自衛隊との絡みで軍法会議が語られることも多くなりました。
(絶対数は多くありませんが、まあ、比較の問題で。)
自衛隊は実質軍隊なわけですが、軍隊に軍法会議が設けられてないのは不備である、との論ですね。
この点について、残念極端な方も一部では見られるものの、慎重に議論を重ねなければならない、という意見の方も多くおられます。
本来ならば、私も議論することについては賛成なのですが、今の日本の残念な様を見てるとたぶん残念なことになります素直に賛同ができません。

公文書の改ざんや隠蔽がまかり通る国では、まっとうな意見でも、まっとうに取り扱うことはできなくなるのです。
国民の国民による一部支配者層のための残念な国ってのは、大変ですね。

閑話休題
日本陸軍軍法会議についてざっと書いてみましたが、やはり色々と不足している点が多いので、飽きなければまた追加で書くと思います。
それでは、今日はこの辺で。