Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれや情報処理技術者試験の攻略を記録していくITブログ…というのも昔の話。今や歴史メインでたまに軍事。別に詳しくないので過大な期待は禁物。

【日本軍】軍法会議をもうちょっと知ろう【軍事司法】

前回、「軍法会議」というものについて、日本陸軍の制度を中心に取り上げました。

oplern.hatenablog.com

今回はその補足。前回取り上げられなかった部分について書きたいと思います。

軍刑法の対象

軍法会議についてと言いつつ、最初は軍刑法の話から。

日本陸軍軍法会議は、当初は陸軍治罪法、1922年(大正11年)4月以降は陸軍軍法会議法に拠るものです*1

軍法会議法は「刑事手続法」なわけですが、その「刑事実体法」については刑法、陸軍刑法等が該当しました。
前者の「刑法」は、そのまんま、一般社会でも適用される普通の刑法なのですが、後者の「陸軍刑法」は一般の「刑法」に対する特別法の関係にあり、軍人に特別の服役義務を要求します。
(ただし、日本において陸軍刑法は当初、刑法の特別法とされていませんでした。1908年(明治41年)の改正により刑法の特別法と位置づけられることとなります。)
前回記事でも書いた通り、軍刑法では、一般人にとっては罪とならない行為も、軍人に対しては罪としたり、またはより重い刑罰が科されるわけですが、必ずしも軍人にのみ適用されるわけではありません。

日本の陸軍刑法では、原則として軍人、陸軍所属の学生・生徒、軍属が対象とされますが、民間人等それ以外のものでも、適用される場合がありました。
例えば、哨兵に対して暴行や脅迫を加えたもの、陸軍の工場や舶舶、航空機、車輌など軍用物を損壊する行為を行なったもの、戦地や占領地において略奪や強姦を行なったもの等が該当します。

なお紛らわしいのですが、軍刑法が適用されるということと、軍法会議の適用対象になる、ということはイコールではありません。
軍刑法上の犯罪でも、通常裁判所で裁判となったり、軍刑法以外の刑罰法規や刑法上の犯罪でも、軍法会議で裁かれたりします。
この点は混同しないようご注意を。

軍法会議の対象

さて、そんなわけで、軍法会議についても、陸軍刑法と同じく、適用される範囲について述べておきます。

この点は、前回記事でも少しだけ触れました。軍法会議は、軍人だけでなく軍の学生生徒、軍属、軍用船舶員、捕虜も対象としていたのでしたね。
しかし、それ以外にも、通常の裁判ではなく軍法会議が適用される場合がありました。

例えば、戒厳令により合囲地境が設定され、その地域で軍刑法等に違反する犯罪を犯した場合が挙げられます。

そういえば、前回、合囲地境については対して説明せずにすっ飛ばしたように思うので、少し補足を。
合囲地境は、戒厳令による戒厳地境の一つです。敵に包囲されまたは攻撃を受ける等の事変に際して、警戒すべき地域を区画したもので、これが設定されると行政司法の権限が戒厳司令官に委ねられることになります。

なお、合囲地境以外にも、戦時、事変においては、軍の安寧保持のため必要があれば、臨時軍法会議の管轄地域で生じた犯罪に軍法会議を適用することができました。

最後に、もうひとつ、少し変わり種の適用ケースを。
軍法会議の主な対象となるのは軍人ですが、この「軍人」をより具体的に言うと、現役軍人で入営中のものや、その他部隊で勤務している在郷軍人などが挙げられます。
在郷軍人というのは予備役・後備役・補充兵役等、現役にあってまだ入営していない者、帰休兵、退役将校・同相当官・準士官が該当しました。

この在郷軍人で、軍務に服さず一般の生活をしているものには、通常、軍法会議が適用されません。しかし、軍務に服してないにもかかわらず、陸軍の制服を着用して陸軍刑法に違反する犯罪を犯した場合は、軍法会議の適用対象となりました。
制服を着用していると外観上は現役軍人となりますので、これに対しては軍刑法違反に関する軍司法権が適用されるとしたものですね。社会的な信頼維持のためでしょうか。

裁判官の選定

前回ふれましたが、軍法会議における裁判官は原則5名で、判士、法務官から任命されました。
しかし、世の中いろんな事態がありますので、裁判官と被告人の間に利害関係があったり、親族など関わりの深い人だったりというケースもありえます。
一応、こういったケースにおいても公正な審判機関とするため、裁判官の除斥、回避制度が設けられていました。

裁判官本人が被害者だったとか、被告人または被害者と一定範囲の親族にあるとか、事件について捜査、予審または前審に干与していた等の場合、検察官または被告人は裁判官の変更を軍法会議長官に申し立てることができます。また、裁判官も自ら回避を申し立てることが可能でした。
この申し立ては、長官から軍法会議に通知され、緊急の場合以外は裁判官変更があるまで手続きが停止されることとなります。
これらの規定は、録事、予審官にも準用されました。

ただし、これらの規定は特設軍法会議には適用されません。

なお、裁判官の選定は、軍法会議長官の権限となります。

法務官とは

法務官について、少しだけ。

「法律の専門家」である法務官は、軍法会議長官に隷属し、裁判官あるいは検察官に任ぜられます。
法務官はもともとは文官であり、任用及び懲戒は勅令によって定むべきものとされ、また、刑事裁判または懲戒処分によるのでなければ、その意に反して免官または転官されることがないものとされました。これは、身分保障を行うことで、法務官の公正性と発言力を確保しようとしたものです。

しかし、この法務官も1942年(昭和17年)には、文官から武官に変わり、「軍の論理」に飲み込まれることとなります。

武藤章軍務局長いわく「司法権と統帥とを密接不可分の関係に置きまして、司法権の作用の上に統帥の要求を全幅的に反映せしむる為」に軍法会議が特別裁判所として設置されており、法務官を武官にすることで「軍司法の運営を建軍の本旨と統帥の要求とに透徹せしめ」るそうです。
貴族院 陸軍刑法中改正法律案特別委員会)

端的に言うと、法務官を軍人にして、一層、「統帥の要求」を反映させやすくしたい、ということですね。

この結果、実際の軍法会議でどういったことが起きていたか今回はふれませんが、当然ながらひどいことになりました。興味がある方は、以下書籍などお読みいただくと良いかと思います。

戦場の軍法会議: 日本兵はなぜ処刑されたのか

地獄感。

無論、法務官の武官化だけが原因ではありませんが、とはいえ、軍の要職にあるものが、司法に軍の都合を反映させるなんてことを堂々と言ってのけるのですから、なんとも恐れいりますね。日本凄い(悪い意味で)。

 

 

*1:ただし、陸軍治罪法施行(1883年)より前の1882年9月22日に陸軍裁判所を廃止し「東京軍法会議」が設置されてたりします。