Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれや情報処理技術者試験の攻略を記録していくITブログ…というのも昔の話。今や歴史メインでたまに軍事。別に詳しくないので過大な期待は禁物。

【再び第十軍法務部陣中日誌より】日本軍の軍法会議【事例】

今日もしつこく軍法会議のお話です。

以前、日本軍の軍法会議制度の概要について書きましたが、その際に「予審」という言葉が出てきました。

裁判部は、裁判と予審とにわかれており、前者には裁判官、後者には予審官が配されます。 裁判官、予審官となる要員については、あらかじめ判士、法務官らを定めておきます。実際に軍法会議が開催されると、その要員から、当該軍法会議を担当する予審官・裁判官を決定しました。

【日本軍】軍法会議を(ちょっとだけ)知ろう【軍事司法】 - Man On a Mission

 この「予審」について、上記記事では特段説明していません。しかし、現代日本では馴染みのないものですので、遅まきながら簡単な説明を。

とはいえ、それだけで終わりというのもなんなので、前回と同じく、第十軍の法務部陣中日誌より被告事件受理〜判決までの事例で、予審請求ありのものを追いかけてみました。

予審とは

予審というのは、旧刑事訴訟法に認められていた訴訟手続きで、被告人を公判に付するか否かを決定し、また、併せて公判では行い難い証拠保全や取調べを目的に行う訴訟手続です。

日本軍の軍法会議における予審は、通常裁判所のそれとは相違があり、通常裁判所の予審が公訴提起後になされるのに対し、軍法会議の予審は、公訴提起前に、検察官の請求により公訴を提起することの能否を決するものという違いがありました。全く同じものではないわけですね。

実態はともかくとして、軍法会議の審判機関に属する裁判官は、(通常裁判所と同じく)他の干渉を受けないこととされていましたが、同様に予審機関に属する予審官も、他の干渉を受けないこととされています。

ちなみに、予審官に相当する通常裁判所の予審判事には、裁判終結の権限が付与されていましたが、軍法会議の予審官は、あくまでも予審結果の検察官への送付義務があるのみでした。
さらに、予審官の報告には検察官が意見を添えて長官に報告することとなっており、検察官の意向が反映される余地があったようです。通常裁判所と比較すると弱めなのですね。

予審制度は大陸法系の制度に起源を有するものです。大日本帝国の司法制度は、当初はフランス、後にドイツからの影響が強いのですが、フランスなんかでは今も予審制度が存在してます。
(ドイツは1975年に廃止)

予審制度は、その手続きは非公開、被告人の尋問には弁護人の立会いを認めないなど、多々問題のある制度であったため、人権保護上、現行の刑事訴訟法では廃止されています。
ついでの余談ですが、明治の刑事訴訟法改正作業の際には、予審制度を問題視していた在野法曹界から予審制度廃止議論が提起されていました。以前の記事で取り上げた花井卓蔵なんかも、1897年に日本弁護士協会評議員会へ「予審制度を廃止する件」という議題を提出したりしてます。

もうひとつ余談。現代のフランス予審制度は、糾問主義的要素を改善しており、昔のまんま維持しているわけではありません。

被告事件の受理から判決までの事例(予審請求あり)

それでは冒頭の予告通り、第十軍の法務部陣中日誌から、予審請求ありの事例を上げておきます。
とはいえ、予審についてはちょろっと書かれているだけです。まあ、流れをつかむ程度とお考えください。

なお、ここで取り上げる事例は特設軍法会議となります。
軍法会議制度については、以前の記事を参照ください。)

また、第十軍法務部陣中日誌資料については、「続・現代史資料6 軍事警察」より引かせていただいてますが、当該書籍では犯罪人の氏名が一部省略されていますのでご承知おきください。

続・現代史資料 (6) 軍事警察―憲兵軍法会議

被告事件受理と予審請求

1937年12月2日、法務部は以下の被告事件を受理します。

〈被告事件ノ受理竝予審請求〉
四、左記ノ者ニ対スル各頭書被告事件軍兵站憲兵隊ヨリ送致ヲ受ケ直ニ捜査報告ヲ為シ長官ヨリ予審請求命令アリタリ
 被告人 第六師団歩兵第十三聯隊第三大隊小行李
殺人、同未遂、強姦 予備役陸軍輜重兵特務兵 島□□□
 被告人 同聯隊第十二中隊
強姦       予備役陸軍歩兵上等兵  田□□□
 被告人 同聯隊第九中隊
強姦       予備役陸軍歩兵一等兵  鶴□□□
 被告人 同聯隊第十二中隊
強姦       予備役陸軍歩兵伍長   内□□□
犯罪事実ノ概要
 被告人島□及田□ハ昭和十二年十一月二十四日共謀ノ上強姦ノ目的ヲ以テ金山附近ニ於テ支那婦人五名ヲ拉致シ来リ被告人鶴□及内□ハ其ノ情ヲ知リ乍ラ各一名宛右婦人ヲ受取リ同日夜島□、田□、鶴□及内□ハ各自一名宛右婦人ヲ強姦シ、尚島□ハ右婦人拉致ノ際所携ノ銃ヲ以テ支那人三名ヲ死傷セシメタリ

予審官による取調べ

12月10日、田嶋予審官により、田□、内□の訊問が行なわれます。

一、田嶋予審官ハ笹木録事立会ヲ以テ約五時間予備役陸軍歩兵上等兵田□□□強姦被告事件ニ付被告人ノ訊問ヲ為シタリ

ニ、田嶋予審官ハ笹木録事立会ヲ以テ約ニ時間三十分 予備役陸軍歩兵伍長内□□□強姦被告事件ニ付被告人ノ訊問ヲ為シタリ

12月11日、同じく田嶋予審官により、鶴□、島□の訊問が行なわれました。

一、田嶋予審官ハ笹木録事立会ヲ以テ午前十時三十分ヨリ午後六時三十分ニ至ル間予備役陸軍歩兵一等兵鶴□□□強姦、予備役陸軍輜重兵特務兵島□□□強姦殺人、同未遂被告事件ニ付被告人ノ訊問ヲ為シタリ

12月14日、田嶋予審官により、再度、島□の訊問が行なわれています。

ニ、田嶋予審官ハ笹木録事立会ヲ以テ約一時間予備役陸軍輜重兵特務兵島□□□強姦殺人同未遂被告事件ニ付被告人ノ第二回訊問ヲ為シタリ

公訴提起

12月14日、公訴提起がなされます。

三、左記被告事件ニ付予審終了報告長官ヨリ公訴提起ノ命令アリ同日公訴提起
 被告人 第六師団歩兵第十三聯隊第三大隊小行李
略取、強姦、殺人、同未遂 予備役陸軍輜重兵特務兵 島□□□
 被告人 同 聯隊 第十二中隊
略取、強姦       予備役陸軍歩兵上等兵  田□□□
 被告人 同 中隊
被略取者収受、強姦   予備役陸軍歩兵伍長   内□□□
 被告人 同 聯隊第九中隊
同           予備役陸軍歩兵一等兵   鶴□□□

判決宣告

12月22日に公判開廷し、即日判決宣告がなされました。
以下引用。

二、左記被告事件ニ付公判開廷即日判決ノ宣告アリタリ
 被告人 第六師団歩兵第十三聯隊第三大隊小行李
猥褻略取強姦殺人同未遂 予備役陸軍輜重兵特務兵 島□□□
     同聯隊第十二中隊
猥褻略取強姦      予備役陸軍歩兵上等兵  田□□□
     同
被略取者収受強姦    予備役陸軍歩兵伍長   内□□□
     同聯隊第九中隊
同           予備役陸軍歩兵一等兵  鶴□□□
処断罪名 島□ハ強姦、殺人 田□、内□及鶴□ハ各強姦
刑名刑期 島□ハ懲役四年、田□ハ懲役二年、内□及鶴□ハ各懲役二年、二年間刑ノ執行猶予
裁判官  陸軍輜重兵少佐 藪田秀一
     陸軍歩兵大尉  熊沢酒造助
     陸軍法務官   田嶋隆弌
録 事  陸軍録事    亀井文夫
検察官  陸軍法務官   増田徳一
求 刑  判決ノ通

最後に

前回も書きましたが、第十軍では犯罪が多発したものの、憲兵に逮捕され軍法会議に回された者は極僅かでした。
(第十軍付憲兵として従軍した上砂勝七氏によれば「僅かに現行犯で目に余る者を取押える程度」だったということです。)

それでも、第十軍法務部陣中日誌には、戦地犯罪における様々なパターンが記録されており*1、「世界のマイナー戦争犯罪」なんてシリーズ記事を有する本ブログ主にとっては、非常に興味深いものとなっています。

……というわけで、次回記事では同陣中日誌より、いくつかの事例を取り上げてみたいと思います。

 

 

*1:軍参謀長の田辺少将の法務部視察では、小川法務官が「法務部ハ目下被告事件輻輳シ職員一同毎日夜半ニ至ルマデ熱心ニ執務」なんて報告してたりします。犯罪の極一部しか摘発できてないのに、法務部は手一杯になってしまったわけですね。法務部や憲兵のリソースが圧倒的に足りないという日本軍の状況が伺えます。