Man On a Mission

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【またも第十軍法務部陣中日誌より】日本軍の戦地犯罪と軍法会議判決【事例】

前回前々回日本陸軍第十軍の法務部陣中日誌から、軍法会議関連(被告事件の受理〜判決まで)の事例を取り上げました。

第十軍では犯罪が多発したものの、それを取り締まる憲兵の絶対数が不足しており、そのため実際に逮捕されて軍法会議に回された者は極僅かでした。
そのような状況にも関わらず、第十軍法務部陣中日誌には、戦地犯罪における多くのパターンが記録されています。

罪名から見ても、前回取り上げた殺人、強姦、略取等の他、放火、傷害、掠奪、賭博、窃盗、強制猥褻、敵前逃亡、軍用物毀棄、上官脅迫、上官暴行等々と、一般的犯罪、軍刑法に規定される犯罪のいずれも様々なものが見られます。第十軍は半年程度しか存在しなかったのですが、結構な網羅率といえるんじゃないでしょうか。
当然ながら犯罪事実の概要も記録されてますので、ある程度具体的に戦地犯罪のありさまを知ることができます。

そんなわけで、今回は戦地犯罪の内容と、それに対してどのような判決が出たのか、という点に着目して、同陣中日誌よりいくつか事例を取り上げてみようという企画です。

なお、第十軍法務部陣中日誌資料については、「続・現代史資料6 軍事警察」より引かせていただいてますが、当該書籍では犯罪人の氏名が一部省略されていますのでご承知おきください。

続・現代史資料 (6) 軍事警察―憲兵軍法会議

戦地犯罪とその判決

では、ここから事例を取り上げていきます。

放火

第六師団架橋材料中隊第三小隊の予備役陸軍輜重兵特務兵3名が、放火の罪に問われました。
以下、引用。

犯罪事実ノ概要
 右三名ハ杭州沿岸張宅附近ニ露営中十一月十三日、擅ニ宿営地ヲ離レ約一里余距リタル金山衛城東門郷ニ到リ同地附近ノ既ニ戦禍ヲ避ケ人ノ現住セザル支那民家数件ニ入リ酒、煙草等ヲ物色シタルガ予期ニ反シ右物品ヲ入手スルヲ得ザリシ為腹癒気分ヨリ同郷第八区所在ノ原綿米穀商陸肖雲外三名各所有ノ瓦葺煉瓦造平家建四戸ニ夫々ライター、燐寸ヲ以テ新聞紙襤褸切等ニ点火シ因テ右家屋ヲシタルモノナリ

えっと、空き巣して酒、煙草を盗もうとしたら無かったので、腹いせに4戸に火をつけたということです。

上記は、陸軍騎兵少佐、同工兵大尉および同法務官が裁判官となり、処断罪名「放火」で、求刑通りに各懲役1年、執行猶予2年の判決が下されました。

賭博、掠奪、上官暴行、同侮辱、用兵器上官脅迫、傷害

第百一師団歩兵第百三聯隊第一中隊の予備役陸軍歩兵一等兵が、賭博、掠奪、上官暴行、同侮辱、用兵器上官脅迫、傷害の罪に問われました。
以下、引用。

犯罪事実ノ概要
 被告人ハ性来酒ヲ好ミ酔余同僚ト喧嘩口論ヲ為スコト屢々ナリシガ、昭和十二年九月、上海ニ上陸以来数回ニ亘リ所属小隊長某少尉ニ対シ暴行脅迫ヲ為シ、或ハ之ヲ制止セムトシタル兵ニ傷害ヲ与ヘ、実ニ昭和十二年十二月二十九日、浙江省杭州ニ宿営中偶々入浴中ノ同少尉ニ対シ兵器タル拳銃ヲ擬シ之ヲ脅迫シタルモノナリ(殺意不明)
 尚被告人ハ上海ニ於テ数十回ニ亙リ賭博ヲ為シ、又上海上陸以来各地ニ於テ支那民家ヨリ金品ヲ掠奪シタルモノナリ

えー、上官の少尉に対する暴行・侮辱・脅迫と、併せて兵に対する傷害。さらに賭博と、中国人宅からの金品掠奪ですね。

上記では、陸軍工兵少佐、同歩兵大尉および同法務官が裁判官となりました。
処断罪名は、賭博、掠奪、上官暴行、同侮辱、用兵器上官脅迫、傷害で、懲役4年、科料15円の判決が下されています。
なお、求刑は懲役4年、罰金20円でした。

哨兵ヲ欺キ哨所ヲ通過ス、強姦、強制猥褻

第十軍野戦砲兵廠の後備役陸軍砲兵一等兵が、「哨兵ヲ欺キ哨所ヲ通過(陸軍刑法)」および強姦、強制猥褻の罪に問われました。
以下、引用

犯罪事実ノ概要
 被告人ハ上海南市野戦砲兵廠ニ勤務中(一)昭和十三年一月十八日午前十時頃、外出許可ヲ得ザルニ不拘、同廠正門ニ到リ偶々外出スル数名ニ伍シ、恰モ正当ニ外出シ得ルモノノ如ク装ヒ同門歩哨ヲ欺キ同門ヲ通過外出シ(二)右外出中同日午後三時三十分頃、上海南市ニ於テ飲酒シタル後支那民家ニ入リ、居合セタル支那婦人二名(三十年及三十九年)ニ対シ所携ノ銃剣ヲ擬シテ同女等ヲ強姦シタリ

えっと、外出許可をもらってないのに、他の人に混じってこっそり抜けだして、中国人宅に上がり込んで婦人2名を脅して婦女暴行を働いたと。

上記では、陸軍工兵少佐、同歩兵大尉および同法務官が裁判官となっています。
処断罪名は、「哨兵ヲ欺キ哨所ヲ通過ス」、強姦、強制猥褻で、求刑通りに懲役2年6ヶ月の判決が下されました。

ちなみに、「哨兵ヲ欺キ哨所ヲ通過ス」については、他事例で当該罪名だけのものもあり、そちらでは禁錮3ヶ月となっています。

党与軍中逃亡、強姦

第十八師団野砲兵第十二聯隊増加隊の後備役陸軍砲兵一等兵2人が、1人は党与軍中逃亡、1人は党与軍中逃亡及び強姦の罪に問われました。

犯罪事実ノ概要
 被告人両名ハ肩書増加隊トシテ上海ニ上陸シ、所属隊長某少尉指揮下ノ下ニ南京ニ向ヒ本隊追及ノ途中、昭和十二年十二月十日、下泗安附近ニ於テ落伍シ部隊ト分レテ之ヲ追及中、安徽省寗国ニテ休養シ近日本隊ガ同地ヲ通過スルコトヲ聞知シ、方法ヲ購ゼバ本隊ニ合スルコトヲ得ベキ状況ナリシニ不拘、同月二十七日、湖州迄後戻リ、当時既ニ本隊ハ浙江省杭州ニ移動シアリ連日湖州ヨリ杭州ニ向ヒ連絡アリ、本隊ニ追及シ得ベキ状況ニアルコトヲ知悉シナガラ之ヲ為サズ、擅ニ湖州城外ノ某部落ニ到リ好遇ヲ受ケツツ約二十九日間故ナク其ノ職役ニ就カズ 尚被告人松□ハ右逃走間被告人浦□ト分レ昭和十三年一月八日、湖州城外地名不詳ノ部落ニ宿営シタル際支那婦人ヲ強姦シタルモノナリ

えー、部隊から落伍して本隊を追いかけてたものの、途中どこぞに滞在して、本隊に合流できる状況だったにもかかわらずしなかった、と。で、内1人は中国人婦人に対して婦女暴行を働いたのですね。

上記では、陸軍工兵少佐、同歩兵大尉および同法務官が裁判官となりました。
処断罪名は、浦□が処断罪名「党与軍中逃亡」で懲役1年、松□が「党与軍中逃亡、強姦」で懲役2年6ヶ月の判決が下されています。
ちなみに、求刑は浦□が懲役1年6ヶ月、松□が懲役3年でした。

最後に

さて、つらつらと事例を書き連ねてきましたが、本記事は、単に戦地犯罪と軍法会議により下された刑罰について、多少なり具体的なイメージを持てるよう書いたものです。
なので、分析して結論なんてものはありませんごめんなさい。

ちなみに、第十軍法務部陣中日誌の「被告事件既決未決一覧表」によれば、既決55件(102名)、未決7件(16名)の軍法会議があったということです。
上記一覧表の「刑名刑期」の列には、懲役○年だの、禁錮○月だのといった記述があるのですが、中には「310条告知」というものも入っています。
(というか大量にあります)

これは陸軍軍法会議法第三百十条に基づくものなのですが、一応、同条を引用しておきましょう。

第三百十条 長官前二條ノ命令ヲ為サザルトキハ速ニ其ノ旨ヲ検察官ニ告知スヘシ

軍法会議長官は、捜査の報告を受けると検察官に対して、公訴提起するか予審請求するか命令します。また、自軍法会議の管轄外である場合には、その事件を管轄軍法会議または相当官署に送致します。
百十条はこれら以外の道を認めたもので、まあ、端的に言うと不起訴です。
(前記の「被告事件既決未決一覧表」には310条告知とは、別に「不起訴」というのもあるのですが、こちらは予審終了後の不起訴処分です。)

第十軍法務部陣中日誌には、いかなる理由により310条告知がなされたのか書いてないのですが、まあ、ついでですので、次回は310条告知となった犯罪についての事例をいくつか取り上げたいと思います。