Man On a Mission

システム運用屋が、日々のあれこれや情報処理技術者試験の攻略を記録していくITブログ…というのも昔の話。今や歴史メインでたまに軍事。別に詳しくないので過大な期待は禁物。

【軍事司法】日本軍の軍法会議:犯罪と第三百十条【不起訴事例】

前回の引きはこんな感じでした。

ちなみに、第十軍法務部陣中日誌の「被告事件既決未決一覧表」によれば、既決55件(102名)、未決7件(16名)の軍法会議があったということです。
上記一覧表の「刑名刑期」の列には、懲役○年だの、禁錮○月だのといった記述があるのですが、中には「310条告知」というものも入っています。
(というか大量にあります)

これは陸軍軍法会議法第三百十条に基づくものなのですが、一応、同条を引用しておきましょう。

第三百十条 長官前二條ノ命令ヲ為サザルトキハ速ニ其ノ旨ヲ検察官ニ告知スヘシ

軍法会議長官は、捜査の報告を受けると検察官に対して、公訴提起するか予審請求するか命令します。また、自軍法会議の管轄外である場合には、その事件を管轄軍法会議または相当官署に送致します。
百十条はこれら以外の道を認めたもので、まあ、端的に言うと不起訴です。
(前記の「被告事件既決未決一覧表」には310条告知とは、別に「不起訴」というのもあるのですが、こちらは予審終了後の不起訴処分です。)

第十軍法務部陣中日誌には、いかなる理由により310条告知がなされたのか書いてないのですが、まあ、ついでですので、次回は310条告知となった犯罪についての事例をいくつか取り上げたいと思います。

【またも第十軍法務部陣中日誌より】日本軍の戦地犯罪と軍法会議判決【事例】 - Man On a Mission

 ……というわけで、今回記事は第十軍法務部陣中日誌より、310条告知がなされたものについて、いくつか事例を取り上げます。

なお、第十軍法務部陣中日誌資料については、「続・現代史資料6 軍事警察」より引かせていただいてますが、当該書籍では犯罪人の氏名が一部省略されていますのでご承知おきください。

続・現代史資料 (6) 軍事警察―憲兵軍法会議

殺人

まず、犯罪事実の概要から。
1937年12月2日、後備山砲兵第一中隊の後備役陸軍歩兵一等兵の被告事件(殺人)が受理されます。

犯罪事実ノ概要
 被告人ハ嘉興ニ宿営中昭和十二年十一月二十九日午後五時頃支那酒ニ泥酔シ支那人ニ対スル強キ敵愾心ニ駆ラレ之ヲ憎悪スルノ余所携ノ銃剣ヲ以テ通行中ノ支那人三名ヲ殺害シタルモノナリ

この事件は、1937年12月7日に、310条告知があり不起訴となります。

四、左記被告事件捜査報告進達長官ヨリ陸軍軍法会議法第三百十条ノ告知アリタリ
 被告人 後備山砲兵第一中隊
殺人 後備役陸軍歩兵一等兵 辻 □□

前回、第十軍法務部陣中日誌には、いかなる理由により310条告知がなされたのか書いてないと述べましたが、こちらの事件は一応、理由が推察できる記述があります。
12月6日の記録より一部引用。

二、午前八時三十分増田部員ハ後備役陸軍歩兵一等兵辻□□殺人被告事件ニ付被告人ノ精神鑑定ノ為第百十四師団第一野戦病院(在湖州)ニ到リ鑑定人同病院附衛生部見習士官松本徳次郎ト交渉ノ上同人ト共ニ帰来ス
〈被告人ノ精神鑑定〉
三、小川検察官ハ当庁ニ於テ鑑定人松本徳次郎ニ対シ被告人辻□□ノ精神鑑定ヲ命ジ同鑑定人ハ約四時間ニシテ鑑定ヲ終リ帰院ス

掠奪

1937年12月6日、独立工兵第十聯隊第二中隊の予備役陸軍工兵一等兵の被告事件(掠奪)が受理されます。

犯罪事実ノ概要
 被告人ハ昭和十二年十一月六日杭州湾上陸地点ノ民家ヨリ銀製指環一箇ヲ同年十二月二日湖州ノ某民家ヨリ金色指環一箇ヲ各掠奪シタリ

この事件は、受理翌日の12月7日に310条告知がありますが、陣中日誌に理由は記載されていません。

強姦

1937年12月23日、第百一師団担架衛生隊の後備役陸軍歩兵一等兵の被告事件(強姦)が受理されます。

犯罪事実ノ概要
 被告人ハ湖州ニ宿営中昭和十二年十二月二十一日午後一時頃、同所某民家ニ立入リ支那婦人(当二十五年)ヲ強姦シタリ

この事件は、12月31日に310条告知がありますが、陣中日誌に理由は記載されていません。

不起訴:上官暴行、上官脅迫、掠奪

前述の通り、310条告知は公訴提起や予審請求の前に行なわれるものです。
これらとは異なり、第十軍法務部陣中日誌には予審終了後に不起訴とされた事例も1件ありますので、こちらも取り上げておきます。

1937年12月29日、野戦重砲兵第六旅団輜重隊の予備役陸軍輜重兵少佐の被告事件(上官暴行、上官脅迫、掠奪)が受理されます。

犯罪事実ノ概要
 (一) 被告人ハ昭和十二年十月二十九日、大連ヨリ商船樺太丸ニ乗船シ上海ニ向ヒ航行中、同年十一月三日船室ニ於テ夕食時飲酒シタル際、所属隊長ヨリ被告ノ酒癖出ヅルヲ慮リ酒ヲ切リ上ゲル様注意セラレタルニ奮激シ、自室ニ於テ所携ノ拳銃九発ヲ発射威嚇シ又ハ同隊副官及高級船員ニ決闘ヲ要求シ、以テ上官タル所属聯隊輜重兵大佐ヲ脅迫シ
 (二) 同年十二月十五日、寗国ニ於テ宿営中、飲酒酩酊シ一旦睡眠後同夜十時三十分頃目ヲ醒シ所属隊長寝室外側ニ於テ延焼ノ虞レアル如ク旺ンニ焚火シテ危険ヲ感ゼシメ「ヨーシ此ノ馬鹿野郎共隊長ガ何ダ、皆殺シテヤル」等ノ暴言ヲ吐キ、以テ上官タル所属隊長ニ対シ暴行ヲ為シ
 (三) 同年十一月二十二日ヨリ同年十二月一日ニ到ル間、松江ニ於テ、日本軍ノ占領地住民ノ家宅(家人不在)ヨリ軸物十数本絨毯一枚其ノ他十数点ノ金品ヲ掠奪シタリ

この事件は、12月30日に不起訴処分がなされました。理由については記載されていません。

左記被告事件ニ付予審終了報告長官ヨリ不起訴命令アリ同日不起訴処分ヲ為ス
 被告人 野戦重砲兵第六旅団輜重隊
上官暴行、上官脅迫、掠奪 予備役陸軍輜重兵少佐従五位勲五等渋□ □

ちなみに、この方、中支那方面軍軍法会議陣中日誌によると、11月29日には、「支那婦人収容室ニ到リ強力ヲ用ヰテ五、六十歳ノ某女ヲ姦淫シ」ていたそうです。

最後に

さて、310条告知及び不起訴の事例についていくつか取り上げたわけですが、前回も述べた通り、310条告知となった被告事件は大量にあります。
どのくらい大量かというと、第十軍法務部陣中日誌の「被告事件既決未決一覧表」から数えた限りでは、既決事件全102名中、半数を超える59名が310条告知でした。

既に述べた通り、第十軍法務部陣中日誌に310条告知となった理由は記載されてません。モヤモヤしますね。

書籍「続・現代史資料6 軍事警察」には、中支那方面軍軍法会議陣中日誌も収録されてますが、そちらには、少数ながら310条告知となった理由が記載された事件があります。当然、別の事件ではあるのですが、参考までに少し。

傷害、詐欺、過失致死が載ってるのですが、例えば傷害事件だと4件ほど記載されてます。
それら傷害事件の不起訴理由としては、飲酒酩酊の状態にあったことと、反省・悔悟の情が強いことが挙げられており、また、内2件は、日本人女中、日本人商人が被害者なのですが、彼らより寛大な処分をとの希望があったとしています。
詐欺については、被告人に騙す意思があったのか証拠が不十分であるとされ、残る過失致死についても、必要な注意を欠いたとする証拠が不十分として不起訴ということです。

第十軍法務部陣中日誌の「被告事件既決未決一覧表」では、殺人やら強姦やらが多数310条告知になってるので、酩酊してたからとか深く反省してるからなんて理由で不起訴だとアレなんですが、まあ、多発する犯罪のうち、取り締まることができたのは極わずかだったという状況を考えると、証拠不十分というケースが多かったのかもしれませんね。

とはいえ、これは私の勝手な想像に過ぎません。単に私の勉強不足かもしれませんので、どなたか、この資料を見ればわかるよなんて方がおられましたら、ご教示いただけると幸いです。
このへんに載ってるかもしれないとか思ったりするのですが、いかんせん、私は関東から遠く離れた地に住んでますので見に行けません。内容がわかれば写しの交付を依頼するのですが…。)