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【軍事司法】軍法会議とは(まとめ)【軍事裁判所】

前回の予告通り、今回記事は今までしつこく書いてきた軍法会議(軍事裁判所)関連記事のまとめです。
これで軍法会議の話が完全に終わるわけではなく、気が向けばまたしつこく書くと思いますが、一旦はこれにて締めとなります。

本記事では、過去の各記事へのリンクとともにどういったことを書いたか述べてますが、一応、本記事だけでも、軍法会議について大まかな知識が得られるよう書いたつもりです。
とはいえ、本記事だけで得られる知識は、「概要の概要」程度に過ぎませんので、詳細については、各記事をご参照下さい。

なお、過去記事は、概ね、日本軍関連と、現代各国(といっても4カ国だけですが)の話に分けられますので、当記事も、以下の通りに章立てしました。

  1. 軍法会議の基礎知識
  2. 日本軍の軍法会議
  3. 現代の軍法会議(軍事裁判所)制度

では、以降、めくるめく軍法会議の世界をお楽しみ下さい(?)

軍法会議の基礎知識

最初に、書き散らした記事の中から、軍法会議(軍事裁判所)の基礎知識をかいつまんで。

軍法会議」という言葉自体はよく知れ渡っているものの、実際にそれがどういうものなのかという点については、知らない方が多いのではないかと思います。

近代以降の軍隊では、「軍事司法」が軍の秩序や規律維持に重要な役割を果たしてきましたが、軍刑法と軍法会議は、その軍事司法の中核をなすものです。

一般に、軍刑法は刑法に対する特別法の関係にあり、軍人に特別の服役義務を要求します。一般人にとっては罪とならない行為も軍人に対しては罪としたり、またはより重い刑罰が科されました。
例えば、軍人が命令に従わなかったり、正当な理由なく勝手に部隊を動かしたり、無断で部隊を離れたり欠勤したりすると、刑罰を科せられます。
(ちなみに、旧日本軍では、補給が途絶えて餓死の危険にさらされた兵が、食料を求めて部隊を離れた結果、刑に処せられるというケースが多くみられました。)

これに対し、今回主題の軍法会議は、軍人の犯罪について裁判を行う機関です。
(場合によっては、軍人以外も軍法会議の対象となることがあります。)

なぜ、一般の裁判所ではなく、軍法会議という特別枠の裁判所*1で裁くのか、という点については、一応、以下のように言われてることが多いです。

  • 軍隊や軍人の違法行為は、迅速に処理して規律を維持する必要がある。
  • 軍事刑事事件の特殊性から、軍事に関する専門知識を有する者による審理が必要。軍隊の自律性確保。

軍法会議は、国の刑事裁判権およびその裁判手続きと、軍の特殊性との調整の産物と言えそうですが、本当にそれが有効かつ適切に機能しているのかについては、未だ議論があります。

現代のドイツでは、憲法ドイツ連邦共和国基本法)で軍法会議の設置が認められていますが、根拠となる法律が制定されてないため、軍法会議はありません。
また、フランスでは、戦時の軍法会議設置が規定されていますが、過去の設置例は極僅かです(海外での平和維持活動等も平時の任務とされます)。

最近は、頭ごなしに「軍隊には軍法会議が必要、だから自衛隊にも軍法会議が必要!」なんて言ってる人も見られますが、そう単純な話でもなさそうですね。

ともあれ、基礎知識はこれくらいにして、次章より日本軍の軍法会議の話となります。

勇名よりも悪名をはせがちな日本軍ですが、さて、その軍法会議はどのようなものだったのでしょうか*2

日本軍の軍法会議

日本軍の軍法会議について、今まで書いてきた記事のリンクとその概要を。なお、記事の並びは書いてきた順ではありません。

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全てはここから始まった……なんて大げさなものではもちろん無いのですが、一連の軍法会議記事第一号。

上記は、太平洋戦争頃の日本陸軍軍法会議についての説明がメインの記事です。
当時の日本陸軍軍法会議では、常設軍法会議特設軍法会議の二種類が定められていました。
常設軍法会議には、高等軍法会議、軍軍法会議、師団軍法会議が、特設軍法会議には合囲地軍法会議および臨時軍法会議があります。
(時期によって相違あり)

常設軍法会議は原則、二審制・公開・弁護人ありとなっています。
特設軍法会議は、戦時や事変などの非常時に設けられたもので、一審制・非公開・弁護なしでした。

裁判官は原則5名(特設軍法会議では3名でも可)で、ほとんどは兵科将校ですが、文官である法務官(1942年以降武官)も加わりました。
(高等軍法会議では法務官2名、他は法務官1名が加わります。)

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上記に続いて、日本陸軍軍法会議について取り上げた記事。
軍人以外が軍法会議の対象となるケースや、裁判官の選定、法務官について取り上げてますが、軍法会議と密接に関連するというか、軍法会議の「刑事実体法」となる陸軍刑法についても概要を述べました。

当時の日本軍の軍法会議は、陸軍/海軍軍法会議法に拠るものでした。軍法会議法では、刑法、陸軍刑法等に規定された罪が審理対象となります。
前者の「刑法」は、そのまんま、一般社会でも適用される普通の刑法なのですが、後者の「陸軍刑法」は一般の「刑法」に対する特別法の関係にあり、軍人に特別の服役義務を要求します。
紛らわしいのですが、軍刑法が適用されるということと、軍法会議の適用対象になる、ということはイコールではありませんので、注意が必要です。
(軍刑法上の犯罪でも通常裁判所で裁判となったり、軍刑法以外の刑罰法規や刑法上の犯罪でも、軍法会議で裁かれたりします。)

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軍法会議における唯一の法律専門家である法務官について取り上げた記事。

法務官は、「法律の専門家」として、軍法会議では裁判官、予審官、検察官といった役割を務めます。
当初、法務官は文官であり、公正性と発言力を確保するために身分保障なんかも規定されてました。
とはいえ、裁判官としては特別な権限が付与されているわけでもなく、軍の意向が強くあらわれたならば、どれほど影響力を発揮できたかは疑問です。

なお、1942年には文官から武官へ移行し、法務官の身分も陸海軍士官の規定が適用されることになりました。これにより、従来、法務官の身分保障を定めていた陸/海軍軍法会議法の第37条は削除されています。

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陸軍/海軍軍法会議法において、特設軍法会議は一審制・弁護なし・非公開という「暗黒裁判」だったものの、常設軍法会議では曲がりなりにも二審制・弁護人あり・原則公開と、日本軍の分際で一応は被告人の人権擁護が考慮されてます。
上記記事では、軍法会議法に人権擁護が盛り込まれた経緯を追ってみました。

人権擁護規定が盛り込まれる過程では、保守やら愛国者やらな方々が嫌悪してやまない「人権派弁護士」が大きな役割を果たしています。その背景に大正デモクラシーの影響が伺えるのですが、軍側にはほとんどそういった感覚はなく、人権擁護規定導入への抵抗が続きました。

最終的には常設軍法会議における人権擁護が盛り込まれますが、その後、太平洋戦争とその戦局悪化により、軍法会議法は改悪の一途をたどることとなります。

 

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日本陸軍日本海軍の軍法会議の違いについて取り上げた記事。だいたい似たりよったりではあるのですが。

海軍の常設軍法会議としては、高等軍法会議、東京軍法会議鎮守府軍法会議、要港部軍法会議(後、警備府軍法会議)が、特設軍法会議としては艦隊軍法会議、合囲地軍法会議、臨時軍法会議がありました。
特設軍法会議に「艦隊」が含まれる点が目を引きますね。
艦隊軍法会議は、艦隊司令長官、独立艦隊司令官、分遣艦隊司令官の率いる艦隊、または海外へ派遣する軍艦に設けることができました。特設軍法会議なので、やっぱり一審制・弁護なし・非公開となります。

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特設軍法会議の事例を4記事。
第十軍法務部陣中日誌から軍法会議関連の記述を引用して、軍法会議の具体的イメージを掴んでもらおうと言う記事です。

第十軍では犯罪が多発したものの、それを取り締まる憲兵の絶対数が不足しており、そのため実際に逮捕されて軍法会議に回された者は極僅かでした。
それでも、第十軍法務部陣中日誌には、戦地犯罪における多くのパターンが記録されています。

なお、第十軍法務部陣中日誌資料については、「続・現代史資料6 軍事警察」より引かせていただきました。

続・現代史資料 (6) 軍事警察―憲兵軍法会議

 

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前回記事。需要は無視して、私が書きたかったけど書きそびれたものを並び立てたものです。まあ、軍法会議について興味が湧いた方で、さらに時間のある方はどうぞ。

現代の軍法会議(軍事裁判所)制度

ここから、現代における軍法会議(軍事裁判所)制度の記事となります。

アメリカ、イギリス、フランス、ドイツの軍事裁判所制度について取り上げました。

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米英の軍事裁判所制度は類似点が多くて、どちらも、あらゆる犯罪を取り扱うことができる裁判所と、重大でない犯罪を取り扱い、科すことのできる刑罰にも制約がある略式的な裁判所というように区分して設けています。

両国とも上訴可能であり、最終的には最高裁判所への上訴まで規定されてます。

類似点は多いものの、大きく異なる点もあり、例えば、軍事裁判所の構成員に加わる法務官などの「法律の専門家」が、アメリカは軍人、イギリスだと文民となっています。

フランスの軍事裁判所制度は、前述の通り、「戦時」のみの設置となっています。とはいえ軍事裁判所が設置されたケースは非常に少なく、そのほとんどは、一般裁判所である大審裁判所に設置された軍事専門普通法法廷(JDCS)で審理されてきました。
一応、国防大臣や軍人の関与がある程度規定されてるわけですが、とはいえ、「平時」には軍人の犯罪も一般裁判所の管轄となるわけですね。
なお、フランス軍事司法法典における「戦時」規定適用は、議会の承認を得た戦争の宣言が要件とされてます。先にも述べましたが平和維持活動等は平時の任務とされており、その遂行中に軍人が犯した犯罪も、軍の特別裁判所ではなく、JDCSの管轄です。

次にドイツ。前述の通り、設置根拠となる連邦法律は今まで制定されておらず、したがって軍事裁判所はありません。
軍人の刑事犯罪についても一般の裁判所で審理されるため、ドイツの記事では、代わりに軍刑法と一般の刑事裁判所について書いてます。

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英陸軍の軍事裁判で裁かれた軍人、フィンドレイが、当該軍事裁判が「欧州人権条約」第6条1項に違反しているとして欧州人権委員会に申立を行なった事件についての記事です。

欧州人権条約第6条1項は、独立のかつ公平な裁判所による公正な審理を受ける権利を保障するものですが、欧州人権裁判所の判決でフィンドレイの主張が認められ、イギリスは対応を迫られることとなりました。

最後に

よくもこれだけ引っ張ったものだと、我ながらやや呆れてます。
ともあれ、これで一旦は終わりです。長かった…。

以下、余計な余談。
これまでの記事でも何度か触れましたが、最近は、「自衛隊にも軍法会議が必要」という話がそれなりに目につくようになりました。

これまで、自衛隊の規律保持は懲戒処分によって達成されてきています。
自衛隊員の行為について、服務規律に違反するだけでは刑罰を科すことはできません*3
このため、自衛隊が苛烈な状況に置かれた場合でも、自衛隊の部隊指揮官は、軍刑法によらずにその規律を維持する責任を果たす必要があります。

さて、上記のような状況では、いかなる手段により規律を維持するのかが重い課題となりえるわけですが、しかし、これをどうにかしようと考えた場合、軍法会議云々の前に、まず軍刑法を検討する必要が生じます。
さらには、その前に、なぜ自衛隊が「苛烈な状況」に置かれるのか、その背景や具体的状況がどういったものなのかについても、考える必要があるでしょう。
そもそも自衛隊はどのような活動をしていくのか、国民不在のまま、または国民の認識があいまいなままに進められている状況がありますが、この辺をすっ飛ばして、軍刑法もすっ飛ばして、いきなり「軍法会議が必要」なんてのは、どういう了見なのか、残念ながら私には分かりません。

あと、あれだ、公文書の改ざんや隠蔽がまかり通る国にもかかわらず、色んなことがまともに機能すると思われてる方が結構おられるのも不思議でなりません。

皆が皆というわけではありませんが、ちまたの軍法会議必要派には、(個人的所感ながら)非常に単純な考え方の人が多いように思います。
軍法会議の必要性について考えたい方は、欧州人権条約との相剋とかイラク占領時の問題など、イギリス軍事司法関連の事例に有用となるものが多いと思いますので、僭越ながら、まずはそのへんを参考にしてみてはいかがでしょうか。
おしまい。

 

 

*1:ここでいう「特別枠」というのは、一般の裁判所と異なるというだけの意味で、「特別裁判所」のことを指すわけではありません。軍法会議(軍事裁判所)も、各国各制度で特別裁判所だったりそうでなかったりします。ついでにいうと「特別裁判所」の定義の話になると広義・狭義・厳密的にてな感じでめんどくさい領域になりそうなので、本記事ではそっと避けておきます。

*2:どうでもいいですが、このフレーズは以前の記事でも使っており、二度目の使用となります。ほんとどうでもいいですね。
ところで、私のブログでこういったフレーズが出るのは、基本、日本軍の所業にイラッときた時なのですが、唐突に出てくる時は、「保守」除けや「愛国者」除けという面があったりします。以前、当ブログの内容が、保守だか愛国者だかな方々に、自説に都合のいいところだけ切り取って使われるなんてことがありましたので、その対策に混ぜ込んでみてるものです。いわばアンタイ・アイコク・フレーズ。アイエエエ!?ニホン!?ニホンナンデ!?
……失礼。ともあれ、暖かい目で見ていただければ幸いです。

*3:自衛隊員の違法行為は、刑事訴訟法による司法手続により処理されます。